自分を見つめるべき。。

外側の変化を期待する前に、自分の内側を見つめた方がいい。

外側で体験すること、現われることは、自分の内面の反映だから。

良い現われや良い体験を求めるなら、まず自分を見つめるべき。



いつも思います。世界平和を顕すのなら、

自分自身もおろそかにしてはいけないと。



自分を赦し、自分を愛する。我即神也に意識を向ける。

外側の日常から、一旦自分を切り離し、「私」を取り戻す。



なぜみんな、自分を見詰めて行こうとしないのか、自分を掘り下げようとしないのか、私は不思議でなりません。



今の瞬間、「私」を取り戻すとき、胸の扉が開いて心は広がり、軽くなります。

きっとそれは真理の扉。私はきっと宇宙とつながっている。

そう思うと、喜びがあふれてきます。存在することの感謝が湧いてきます。



世界の平和と個人の平和はつながっている。だから私の心と世界はつながっているのだと思います。



すべては完璧、欠けたるものなし、大成就


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by mppoe-light | 2018-02-21 21:08 | 真理について思ったこと

目覚めの印のマニュアル解説から

以前から腑に落ちないのです。。。印マニュアル解説に書かれてあることが。

斜め前に両手(5本指)を開いていく

「天に神聖を求めてゆく」

円を描き、その球をやさしく支えるように受ける

「天から降りてきた神聖を受け取る」



マニュアルでは、「 」の意味をよく読んで理解して組むように、と指示してあります。



マニュアル通りにこの意味を理解すると、印を組む自分と本体の自分が分離しているような気がしてなりません。

私は本来、神の分御霊です。 私は私と言う意識があり、ここに存在している以上、私は常に本体と繋がっています。神性と一体です。

それを外側に求める、天に求める(天から降りてきた神聖を受け取る)・・・という解説が分かりません。

マニュアルに書かれた通り理解して印を組むと、自分自身と内なる神性が離れてしまい、凡夫の自分が天上界に神性を求めているような気がしてしまいます。



神聖は外側に求めるものではないはず。もともと備わっているものです。

本来、すべての人類が、我即神也、人類即神也なのだから。

今ここに70億の命があるのだから。


神聖を復活させるとは、意識を復活させること、本来の自分を思い出し、取り戻すこと。 

誰かが 私の神性を認めてくれるのではない、

私が自分で認めるもの、それが我即神也 



神聖復活目覚めの印は、私にとっては、前半が我即神也、後半が人類即神也です。 


両手を斜め前に上げ、丹田の前で球体を作る・・・とは、命を頂きここにいる私は神であるという自己宣言

その後、人類に神聖を放射する動きは、人類即神也であるという宣言



私は私流の理解で、神聖復活目覚めの印を組んでいきます。



すべては完璧、欠けたるものなし、大成就!


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by mppoe-light | 2018-02-05 17:25 | 真理について思ったこと