カテゴリ:真理について思ったこと( 327 )

無条件で崇高で尊い”いのち”

私が想いを巡らし、たとえば、、過去の出来事を思い起こしている時、私は肉体にいない。
その時私がいるのは過去。私は過去に生き、否定的な感情を作りだし、否定的で限定された世界を創造している。


「今」に生きるとは、きっと「私」という意識がピッタリと肉体に納まり、

一致している状態。神性の私と統一している状態・・・

それは祈りの状態。我即神也。 いのちが素直に動こうとしている状態。

すべては完璧、欠けたるものなし、大成就 ということ。



たとえその時、自分がどんなに厳しい状況下にあろうと、どんな環境に置かれていても、

我即神也を信じ、神性を信じ、すべては完璧、大成就を信じることができれば、

私は、神に繋がる「今」を生きているということになる。

きっとその時、いのちが光り輝き、私は本来の生き方をしている

肉体を通して、究極の真理を顕現している。



私達人類には、皆、生きる意味がある。目的がある。

“いのち”そのものを見れば、すべての人類が尊く、崇高な目的を持ち存在している。誰一人欠けることななく。

肉体を通して神性復活し、顕現するという崇高な目的。

一人一人の「私」という存在は、無条件で(この世的に何かを為し遂げたとか、人類の為にこれだけ尽くしたとか・・・、そういう判断、評価とは関係なく)崇高で尊い。

一人一人の“いのち”には大いなる意味がある。

「私」がここにいる・・・と言うことは、無条件で崇高で尊い。



今月、個人的に厳しいことがありましたが、そんな中、、

こんなことを考えておりました。


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by mppoe-light | 2018-03-29 22:08 | 真理について思ったこと

今月の由佳先生の法話から

今月の由佳先生の法話から



ラダーシップとは、いかに自分を大きくし自我を満たしていくことではなく、自分を限りなく透明にしていく。そして必要な所に動き、陰となってどんな役目にも必要に応じて自分を変えていける。ラダーシップとはエゴの真逆で、自分を滅していき奉仕の精神で人のために働きつづける。

自分がなくなればなくなるほど、その中に人への愛と奉仕の精神が溢れてくる。

自我ではなく本来の自分――神性が満足し、一層輝いて行くあり方

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自分を限りなく透明にしていく。 
自我を空しくしていくことで、自動的に真我と繋がり、必然的にいのちそのまま光り輝き、無限なる愛が溢れてくる。

「私」という個は、そのまま全体を内包している。

そこに、自他と言う区別はなく、光そのもの一元の世界。

“奉仕”という言葉を聞くと、なんだか道徳的な固さ?を感じてしまうけど、

自分自身が、全体を内側に包み込んでいるのだから 「私」=全体

だから、必要な所に働き、陰となってどんな役目にも応じて自分を変えて行ける。

そう思いました。

”自分を限りなく透明にしていく”・・・素敵な言葉だな と思いました。


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by mppoe-light | 2018-03-13 21:19 | 真理について思ったこと

自分を見つめるべき。。

外側の変化を期待する前に、自分の内側を見つめた方がいい。

外側で体験すること、現われることは、自分の内面の反映だから。

良い現われや良い体験を求めるなら、まず自分を見つめるべき。



いつも思います。世界平和を顕すのなら、

自分自身もおろそかにしてはいけないと。



自分を赦し、自分を愛する。我即神也に意識を向ける。

外側の日常から、一旦自分を切り離し、「私」を取り戻す。



なぜみんな、自分を見詰めて行こうとしないのか、自分を掘り下げようとしないのか、私は不思議でなりません。



今の瞬間、「私」を取り戻すとき、胸の扉が開いて心は広がり、軽くなります。

きっとそれは真理の扉。私はきっと宇宙とつながっている。

そう思うと、喜びがあふれてきます。存在することの感謝が湧いてきます。



世界の平和と個人の平和はつながっている。だから私の心と世界はつながっているのだと思います。



すべては完璧、欠けたるものなし、大成就


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by mppoe-light | 2018-02-21 21:08 | 真理について思ったこと

目覚めの印のマニュアル解説から

以前から腑に落ちないのです。。。印マニュアル解説に書かれてあることが。

斜め前に両手(5本指)を開いていく

「天に神聖を求めてゆく」

円を描き、その球をやさしく支えるように受ける

「天から降りてきた神聖を受け取る」



マニュアルでは、「 」の意味をよく読んで理解して組むように、と指示してあります。



マニュアル通りにこの意味を理解すると、印を組む自分と本体の自分が分離しているような気がしてなりません。

私は本来、神の分御霊です。 私は私と言う意識があり、ここに存在している以上、私は常に本体と繋がっています。神性と一体です。

それを外側に求める、天に求める(天から降りてきた神聖を受け取る)・・・という解説が分かりません。

マニュアルに書かれた通り理解して印を組むと、自分自身と内なる神性が離れてしまい、凡夫の自分が天上界に神性を求めているような気がしてしまいます。



神聖は外側に求めるものではないはず。もともと備わっているものです。

本来、すべての人類が、我即神也、人類即神也なのだから。

今ここに70億の命があるのだから。


神聖を復活させるとは、意識を復活させること、本来の自分を思い出し、取り戻すこと。 

誰かが 私の神性を認めてくれるのではない、

私が自分で認めるもの、それが我即神也 



神聖復活目覚めの印は、私にとっては、前半が我即神也、後半が人類即神也です。 


両手を斜め前に上げ、丹田の前で球体を作る・・・とは、命を頂きここにいる私は神であるという自己宣言

その後、人類に神聖を放射する動きは、人類即神也であるという宣言



私は私流の理解で、神聖復活目覚めの印を組んでいきます。



すべては完璧、欠けたるものなし、大成就!


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by mppoe-light | 2018-02-05 17:25 | 真理について思ったこと

二つの世界 二重の生活


目に入る現象世界は本物ではない世界。
それは、人間とは非神性だと信じて創り上げた、消えてゆく姿の世界。
有限の世界。因果の世界。



世界は、実は消えてゆく姿、色即是空で、だから空っぽなのだ・・・と思いながら、それを見ている私の心は「我即神也」を求め、向かっている。

私は、宇宙神とつながり、大成就の世界につながっている。



私と言う存在は、二つの世界に同時に存在しているようなものだな。。と感じました。

非神性の意識が創造した、社会のルール、世の中の常識の中に肉体を置きながら、

心は神性と通じている。

私は同時に二つの世界にいるのだと思います。

二重生活です。

 

究極の真理とはかけ離れた周囲の人々の会話や感情想念に関わっていると、

多くの人々の心が充たされず、荒んでいるのが感じられます。

みな自己評価が低く、無意味なこだわりや、不満を抱えながら、競い合っています。

みな心は重く辛そうに見えます。



みんなが自分の本質を知ったら、自分が本当は神聖なる存在であると知ったら、

あっという間に光り輝く笑顔を取り戻せるのに・・

心は充たされ、癒されるのに・・・



二つの世界に同時に住みながら、一足先に神聖復活しつつある私が、

次には神性を顕現して、 多くの人々を究極の真理へと導くのが私の仕事。


私の自己意識が上昇すればするほど、私と繋がる縁ある人が増え、

また私自身が増々光り輝き、それが人々の目覚めのベルを鳴らす。


私はこれから、二つの世界に同時に身を置きながら、肉体を媒体にして真理の光を放って生きていくのだな・・・と思いました。


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by mppoe-light | 2018-01-19 22:14 | 真理について思ったこと

新年の指針から


祈り、印を組む際には、なるべく


“今、神性の「私」と繋がっている、統一している


と、思うように心掛けています。

出来れば、「今」に集中するように心掛けます。



ずいぶん前のことですが、

夕食をすませ、食器を洗って台所を片付けようと立ち上がった瞬間、

「私はこんなちっぽけな存在ではない」 という言葉が心に飛び込んできたことがありました。 
なんで突然に、それも食器を洗わなくちゃ。。と立ち上がった瞬間なのか・・・分かりませんが。。(^_^;)



ちっぽけな存在 とは、身長162㎝の肉体の私のこと。
現象界の出来事に一喜一憂するような、肉体世界がすべてだと思う私のことです。

でも、本来の私は決してそんなものではない。



私は本来 神の分御霊。

宇宙神につながる存在。

すべては完璧、欠けたるものなし、大成就 した、大きな大きな存在。



私は、柔和で穏やかで平安で優しく、幸せで愛に充たされている。

私は、皆から愛され慕われ尊敬されている。

私の言動は、人々に幸せと平安と喜びをもたらしている。

私は常に美しく、輝かしく愛に満ちた神そのものである。

来る日も来る日も 神である私には幸せのみ、喜びのみ、平安のみ

輝ける生命そのもののみが顕れる。

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指針の中の

肉体界にいると同時に、神界、霊界で働いている・・・

この言葉が、私の神性復活・顕現を 支え、導いてくれるような気がします。

我即神也・人類即神也


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by mppoe-light | 2018-01-06 14:12 | 真理について思ったこと

いのち を使う

私は本気で自分のいのちを使っているのか。。。
いのちを本気で使い生きなければ…と、思いました。
漠然と、漫然と生きていたって、それは本当の生き方ではない。

私の奥には、何か爆発するかのような大きなエネルギーがあるように感じました。
生きるということは、自分の中にある大きなエネルギーを使いこなすと言うこと。
一瞬一瞬 降りている、天から頂くいのち。そのいのちを私は無駄にしているきがしました。
もっといのちを活かさなければ。生きなければ。
いのちには、すべてのすべてが内在している。
生きることは神聖復活・顕現
私たちは、祈りや印によって本来の生き方をさせてもらっている。

無限なる感謝!

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by mppoe-light | 2017-12-20 15:22 | 真理について思ったこと

目に入る形の世界を超えた「私」になれ


本来の「私」は現象世界を超えた存在。

だから、

「私」は形の世界の現象にとらわれない存在。

現象世界を創り変えることの出来る 創造者「私」

神意識から離れた創造は偽物の世界を創る。幻想の世界。

本物は神意識から生まれるもの。 

この世的に素晴らしくみえる行動でも、素晴らしくみえる研究、開発でも、それが神意識に基づいていなければ、いつか不調和な状況に陥る・・・と思います。なぜならそれらは二元対立の世界の産物だから。。。

形の世界に生きながら、意識は形を超えた世界を生き、

肉体を器にして生きながら、空即是色・真の世界を創造する



島国日本の、小さな地方の片隅で、「真の世界を創造する」 と語る自分が

いる。

本体「私」は何を見つめているのだろうか・・・。


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by mppoe-light | 2017-12-13 22:49 | 真理について思ったこと

「私」を確認して

どのような環境、状況に置かれても、その場で

自分の命を最大限に活かすことが出来なければ本物ではない。

それは、今の環境を選んだのも自分自身、100%自己責任だという法則を受け入れ、どのような状況も、すべて神性意識を離れたために創造してしまった消えてゆく姿(色即是空)と観て、

神性意識を復活させる。 そこから空即是色の創造を始める。

神性顕現。

いのちを生かす。神性を復活させ生きること。



すべては完璧、欠けたるものなし、大成就。

......................と、いきおいで書いてしまった。。。

今日、お祈りし、印を組んでいたら、 なんだか、内側で塞がっていたものが

はずれて、通りが良くなった感じ♪
 
「私」を確認することを怠らないこと☆


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by mppoe-light | 2017-11-28 18:20 | 真理について思ったこと

私にとっての世界平和

これからの10年20年をどう生きようか・・・ということを

考えています。

つまり、

自分はこれでいいのか。このままでいいのか。。ということです。

自分はもっと満たされ、もっと喜びあふれる存在であるはず。

それなのに、心に浮かんでくる物足りなさ。

それは、自分の外側に達成感を求めているから?

外側に自分の存在価値を求めてしまうから?

それとも、
まだまだ出来ることをやっていないのかも

知れない。

私は周りの法友の方とは、真理の取り組み方、世界平和の考え方が少し違います。

これまでは、考えが合わないながらも、周囲のやり方に合わせて来ました。

でも、もう自分の考えを抑えないで、自分のやり方で進んで行きたいなと、

思うようになりました。

私にとって世界平和とは、、まず自己意識を上げること。

自己探求し、自分を掘り下げ、神性復活・顕現をすること。

そして、その私が、肉体を通して真理の光を地上に放射すること。

つまり、地上で光ること。

「私」は神だからすべてに満たされている。

「私」は神だから愛深い。

「私」は神だから平和の為に働く

「私」は神だから人類のために祈る

「私」は神だから人類の神性復活=真の救いのために印をくむ。

神だからこそ、世界平和を求め、顕す。



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by mppoe-light | 2017-10-25 21:26 | 真理について思ったこと