カテゴリ:真理について思ったこと( 332 )

過去を選ぶか、神聖につながる今を選ぶか


今月の法話から

五井先生は
「欲するものがあれば自分の神性に言うこと。病気が治りたい。家を建てたい。何でもいい。必ず約束する。成就する」
とおっしゃいます。
成就したければ依存しない。


目的地はここ、
今、既に大成就している、その事を信じて疑わなければ……

過去の生き方の 私 を、選ぶか、
神性に直結する今の 私を 選び続けるか。

我は何者?
我は即神なり!

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by mppoe-light | 2018-07-09 21:54 | 真理について思ったこと

目的地は大光明

無事終了。予定より早く術後7日で退院。おめでとう㊗️🎊🎉私。
あとはしばらく通院するだけです。一件落着。

それよりも退院してからの方が、キツイことがあり、精神的、肉体的に厳しい状況です。

それでも私は生きている。

厳しい状況の中にいると、自分の心境の変化を感じます。
それまで思えなかった(思いたくなかった?)人を神と思う。

自分がキツイ時には、意識は モノではなく、消えてゆく姿でもなく、
いのち を見ている。

これからまた徐々に一歩一歩進んで行くだけ。キツイけど、
目的地は決まっている。大光明、大成就。






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by mppoe-light | 2018-07-06 16:12 | 真理について思ったこと

覚悟の磨き方

「覚悟の磨き方 超訳 吉田松陰」  著者 池田貴将

吉田松陰が残した言葉を、著者の池田貴将氏が現代の言葉で、さらには松蔭への熱い想いで訳されたものです。

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VISION 083
人である意味


人は「なんのために生きているか」で決まるのです。

心に決めた目標のない人間は、もはや「人間」とは呼びません。

もし思い出せないなら、今すぐ思い出す時間を作るべきです。


「思い出す」というのがいいですね。(*^_^*)

目標を持つ人間になりなさい・・・ではなく、

思い出す、 もともと人間は目的があって生まれている・・・と言うこと。



WISDOM135
学ぶとは思い出すこと


思いやりとかやさしさは、

持つものではなく、思い出すものです。

人を喜ばせようとするのは、善意ではなく、本能です。

「本来の人間らしさ」を取り戻すために、私は学びます。


本来の目的と、本来の人間らしさを取り戻すために

神聖復活!



FELLOW149
やさしさとはなにか


もっと他人にやさしくしたいなら、

自分のことをもっとよく知ればいいのです。

自分の中にあるものを認めれば認めるほど

他人の中にあるものを、

もっと大切に扱えるようになることでしょう。


我即神也 人類即神也



VISION 094 
大事と小事


私は何千年という未来にかかわる仕事をしています。

それに比べたら、出世とか成功なんて、

この身ひとつにかかわるだけの、ほんのささいな出来事です。

死んだって、泣く価値もありません。



SPIRIT172
自分はどこからやってきたのか


自分のこの身の、原点は一体どこにあるのか。

はるか昔までゆっくりと思いを馳せていくと、

突如、感激の心が湧き起こり、

「よし、やってやろう」という決意が生まれます。



SPIRIT169  
命の重さ

士の命は、山よりも重い。

ときには、羽根よりも軽い。

私が言いたいのは、死は問題じゃないということです。

なんのためにその命を使っているのか

ただそれだけが問題なんです。



SPIRIT 176 
辞世の句


私の身がここで滅んだとしても、

私の日本人としての魂は、ここに置いていくことにします。


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by mppoe-light | 2018-06-16 22:10 | 真理について思ったこと

小さな覚悟から………。

命は、生かさなければ…と、思います。毎日惰性で生きることは出来ます。
でも、祈りや印を組んでいると、それでは生きたことにならないと、気づきます。
この地上で活動できる乗り物〜肉体、肉体を動かすのは私。
どう動かすのかは私次第。私にとって今 重要なのは、
覚悟。
いきなり大きな覚悟はハードル高くてためらってしまうけど、
毎日小さな覚悟の積み重ねれば………。

最近、友達の薦めで 吉田松陰の本読みました。こんな事が書いてあった。

「不安と生きるか。
理想に死ぬか。」

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by mppoe-light | 2018-05-30 23:03 | 真理について思ったこと

ブログの更新

手術が5月かと思いきや、6月になりました。それも後半。

それまで間が開いてるせいか、

入院、手術の緊張感もぜんぜんなく、日々を過ごしております。

ここ数年、ブログの更新が少なくまりました。

書くことがないから? うん、それもあるけど。

それよりも、、、あまり真理について書きすぎていると、

自分を偽ってしまいそうな気がして。 

自分自身の姿を公表することもなく、言葉だけで伝えるブログは、いくらでも自分を偽ることができます。

自分自身に自覚がなくても、無意識のうちに、(この無意識がやっかい・・)先生方の言葉を、自分の言葉のように書くことで、自分が立派になった気分になります。

自分を大きく見せること、素晴らしく見せることもできます。

たぶん、自分の意識を高くしたいという願望が、無意識のうちに、そのように書かせるのかもしれません。

だから、

うっかり調子に乗らないようにしています(笑)

出来るだけ、無理な背伸びしないように。



不思議なもので、真理って、理解が進めば進むほど、自分が気付いたこと、体験したことを人に聞いてほしいとか、同調してほしいとか思わなくなります。



自分の中から出てきた答えや気付きは、100%確信があるので、人に同調を求めなくなるのかなぁ・・・と思っています。

仮に誰かにその気づきの内容を否定されても、こちらの気持ちはビクともしません。なぜなら、そのことを100%信じてるので。

他の人の意見などには振り回されません。



究極の真理、そして果因説。まだ因果律でしか真理を受けとめておられない会員さんと、我即神也の真理をシェアできないのは、ちょっと寂しいです。



神聖復活目覚めの印 が降りて、そろそろ1年。

少しずつですが、自分を信じる力が増しているような気がします。

すべては完璧、欠けたるものなし、大成就!


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by mppoe-light | 2018-05-22 23:05 | 真理について思ったこと

無条件で崇高で尊い”いのち”

私が想いを巡らし、たとえば、、過去の出来事を思い起こしている時、私は肉体にいない。
その時私がいるのは過去。私は過去に生き、否定的な感情を作りだし、否定的で限定された世界を創造している。


「今」に生きるとは、きっと「私」という意識がピッタリと肉体に納まり、

一致している状態。神性の私と統一している状態・・・

それは祈りの状態。我即神也。 いのちが素直に動こうとしている状態。

すべては完璧、欠けたるものなし、大成就 ということ。



たとえその時、自分がどんなに厳しい状況下にあろうと、どんな環境に置かれていても、

我即神也を信じ、神性を信じ、すべては完璧、大成就を信じることができれば、

私は、神に繋がる「今」を生きているということになる。

きっとその時、いのちが光り輝き、私は本来の生き方をしている

肉体を通して、究極の真理を顕現している。



私達人類には、皆、生きる意味がある。目的がある。

“いのち”そのものを見れば、すべての人類が尊く、崇高な目的を持ち存在している。誰一人欠けることななく。

肉体を通して神性復活し、顕現するという崇高な目的。

一人一人の「私」という存在は、無条件で(この世的に何かを為し遂げたとか、人類の為にこれだけ尽くしたとか・・・、そういう判断、評価とは関係なく)崇高で尊い。

一人一人の“いのち”には大いなる意味がある。

「私」がここにいる・・・と言うことは、無条件で崇高で尊い。



今月、個人的に厳しいことがありましたが、そんな中、、

こんなことを考えておりました。


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by mppoe-light | 2018-03-29 22:08 | 真理について思ったこと

今月の由佳先生の法話から

今月の由佳先生の法話から



ラダーシップとは、いかに自分を大きくし自我を満たしていくことではなく、自分を限りなく透明にしていく。そして必要な所に動き、陰となってどんな役目にも必要に応じて自分を変えていける。ラダーシップとはエゴの真逆で、自分を滅していき奉仕の精神で人のために働きつづける。

自分がなくなればなくなるほど、その中に人への愛と奉仕の精神が溢れてくる。

自我ではなく本来の自分――神性が満足し、一層輝いて行くあり方

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自分を限りなく透明にしていく。 
自我を空しくしていくことで、自動的に真我と繋がり、必然的にいのちそのまま光り輝き、無限なる愛が溢れてくる。

「私」という個は、そのまま全体を内包している。

そこに、自他と言う区別はなく、光そのもの一元の世界。

“奉仕”という言葉を聞くと、なんだか道徳的な固さ?を感じてしまうけど、

自分自身が、全体を内側に包み込んでいるのだから 「私」=全体

だから、必要な所に働き、陰となってどんな役目にも応じて自分を変えて行ける。

そう思いました。

”自分を限りなく透明にしていく”・・・素敵な言葉だな と思いました。


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by mppoe-light | 2018-03-13 21:19 | 真理について思ったこと

自分を見つめるべき。。

外側の変化を期待する前に、自分の内側を見つめた方がいい。

外側で体験すること、現われることは、自分の内面の反映だから。

良い現われや良い体験を求めるなら、まず自分を見つめるべき。



いつも思います。世界平和を顕すのなら、

自分自身もおろそかにしてはいけないと。



自分を赦し、自分を愛する。我即神也に意識を向ける。

外側の日常から、一旦自分を切り離し、「私」を取り戻す。



なぜみんな、自分を見詰めて行こうとしないのか、自分を掘り下げようとしないのか、私は不思議でなりません。



今の瞬間、「私」を取り戻すとき、胸の扉が開いて心は広がり、軽くなります。

きっとそれは真理の扉。私はきっと宇宙とつながっている。

そう思うと、喜びがあふれてきます。存在することの感謝が湧いてきます。



世界の平和と個人の平和はつながっている。だから私の心と世界はつながっているのだと思います。



すべては完璧、欠けたるものなし、大成就


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by mppoe-light | 2018-02-21 21:08 | 真理について思ったこと

目覚めの印のマニュアル解説から

以前から腑に落ちないのです。。。印マニュアル解説に書かれてあることが。

斜め前に両手(5本指)を開いていく

「天に神聖を求めてゆく」

円を描き、その球をやさしく支えるように受ける

「天から降りてきた神聖を受け取る」



マニュアルでは、「 」の意味をよく読んで理解して組むように、と指示してあります。



マニュアル通りにこの意味を理解すると、印を組む自分と本体の自分が分離しているような気がしてなりません。

私は本来、神の分御霊です。 私は私と言う意識があり、ここに存在している以上、私は常に本体と繋がっています。神性と一体です。

それを外側に求める、天に求める(天から降りてきた神聖を受け取る)・・・という解説が分かりません。

マニュアルに書かれた通り理解して印を組むと、自分自身と内なる神性が離れてしまい、凡夫の自分が天上界に神性を求めているような気がしてしまいます。



神聖は外側に求めるものではないはず。もともと備わっているものです。

本来、すべての人類が、我即神也、人類即神也なのだから。

今ここに70億の命があるのだから。


神聖を復活させるとは、意識を復活させること、本来の自分を思い出し、取り戻すこと。 

誰かが 私の神性を認めてくれるのではない、

私が自分で認めるもの、それが我即神也 



神聖復活目覚めの印は、私にとっては、前半が我即神也、後半が人類即神也です。 


両手を斜め前に上げ、丹田の前で球体を作る・・・とは、命を頂きここにいる私は神であるという自己宣言

その後、人類に神聖を放射する動きは、人類即神也であるという宣言



私は私流の理解で、神聖復活目覚めの印を組んでいきます。



すべては完璧、欠けたるものなし、大成就!


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by mppoe-light | 2018-02-05 17:25 | 真理について思ったこと

二つの世界 二重の生活


目に入る現象世界は本物ではない世界。
それは、人間とは非神性だと信じて創り上げた、消えてゆく姿の世界。
有限の世界。因果の世界。



世界は、実は消えてゆく姿、色即是空で、だから空っぽなのだ・・・と思いながら、それを見ている私の心は「我即神也」を求め、向かっている。

私は、宇宙神とつながり、大成就の世界につながっている。



私と言う存在は、二つの世界に同時に存在しているようなものだな。。と感じました。

非神性の意識が創造した、社会のルール、世の中の常識の中に肉体を置きながら、

心は神性と通じている。

私は同時に二つの世界にいるのだと思います。

二重生活です。

 

究極の真理とはかけ離れた周囲の人々の会話や感情想念に関わっていると、

多くの人々の心が充たされず、荒んでいるのが感じられます。

みな自己評価が低く、無意味なこだわりや、不満を抱えながら、競い合っています。

みな心は重く辛そうに見えます。



みんなが自分の本質を知ったら、自分が本当は神聖なる存在であると知ったら、

あっという間に光り輝く笑顔を取り戻せるのに・・

心は充たされ、癒されるのに・・・



二つの世界に同時に住みながら、一足先に神聖復活しつつある私が、

次には神性を顕現して、 多くの人々を究極の真理へと導くのが私の仕事。


私の自己意識が上昇すればするほど、私と繋がる縁ある人が増え、

また私自身が増々光り輝き、それが人々の目覚めのベルを鳴らす。


私はこれから、二つの世界に同時に身を置きながら、肉体を媒体にして真理の光を放って生きていくのだな・・・と思いました。


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by mppoe-light | 2018-01-19 22:14 | 真理について思ったこと