自立について

神様が自分を赦してくれて、神性をもたらしてくれるのではない。


自分が自分の神性を認めて、それ以外は消えてゆく姿なのだ、と赦していくことのみ。

それが出来ないのは、自立が足りないから。 

逃げているから。



「安易に過去の自分を、または、今現在の未熟な自分を赦していいものか。

そんな姿で神などと、とんでもない。」と、人は言うかもしれないし、自分自身もそう感じてしまうかもしれない。

でも、 人間は本来神の分霊なのだから、

我即神也 という宣言することは当然のこと。



神性を否定する非神性意識から創造されたものは、二元対立の世界を創り、それは自分に戻ってくる。我即神也とは思えない未熟な姿や出来事として現われる。私は我即神也である、と意識を神性に向けない限り続く。



自分が創造したものは、自分で責任を持つように法則が出来ている。

私たちはそれだけ自分自身に厳しい責任を担って存在している。

それを知ったならば、赦せるはず。

赦すということは、責任を放棄して逃げている訳ではないのだから。



自立とは、

私たち一人一人は偉大で素晴らしいということ。 

皆、気高く力がある、ということ。我即神也 ということ。

************************************************************
人を愛し、人に奉仕・・・ではなく、 人々を愛し、人々に奉仕する・・・
じわ~っと責任感を感じました。 
無限なる進化☆
c0074000_23095006.jpg





by mppoe-light | 2019-01-05 23:00