一旦 離れる

一旦 離れる

心がざわざわ・・・気持ちが我即神也に絞れない、焦点が合わず、ピンボケしたような状態。

そんな時は、一旦、離れること。

何から離れるのかというと............

現実の生活、日常の出来事、さらには世界の状況に向けられている心を静止して、形の世界から一旦離れる。そして今の「私」戻る。



戻るとほっとします。 

心が安定し、穏やかで平安で幸せな気持ちが広がります。

そうやって新しい自分を頂き直して、現実生活、日常の出来事を改めて取り組めばいいのだと思います。



祈り、印、言霊は有り難いです。 自分で自分の荷物や汚れを払い、新しい命(私)を頂き直せます。 

もちろん常に瞬旬刻々、天から新しい生命が注がれているのですが、長い間、形の世界こそが本物だと思う習慣が、本来の自分を忘れさせてしまいます。

だから、祈り、印、言霊はありがたいです。 守護霊、守護神さまを呼べることもありがたいです。


その、休みなく天から送られる生命(私)には、無限なるものすべてが含まれているのですが、固定観念に阻まれ、受け取りそこなっています。

ボーダーを超えなければ。

すべては完璧、欠けたるものなし、大成就



私達は大成就を受け取るに相応しい存在。受け取るのは当然のこと。

なぜなら私たちは神の分霊、宇宙神とつながる純粋な神の子。


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by mppoe-light | 2017-05-28 16:29 | 真理について思ったこと

相手の「今」を観る

相手の「今」を観る

そう心掛けたい・・・と思います。

「我即神也 人類即神也」 そう宣言しているのだから、どんな人の奥にも神性がある、その神性を見つめ、認め、相手を受け入れるようになりたい。

そう思っています。

けれど、実際には難しいものです。 特に、身近な相手となると・・

難しいです。

過去に見た相手の嫌な部分、苦手な部分、嫌な想いをした経験が、今、神性を見つめ、受け入れようとするのを邪魔します。

昨日の事でした、スーパーから帰り、台所で買ったばかりの食材を整理しながら、Aさんのことが思い浮かびました。 どうやったらAさんのことを愛せるのだろうか。。。そう思った瞬間、 心の中に 「Aさんは神だ」という言葉が飛び込んできました。 

「ああそうだっ Aさんは神なんだ!」

と思ったら、あっという間に心いっぱいにAさんを愛する気持ちが湧き上がってきました。

それは以前、ハートのチャクラが開いた時に感じた気持ちと同じでした。



私はAさんが神そのものであることを分かっている、

私はAさんを愛しています。



しばらくするとその気持ちは収まってしまいましたが(笑)



でも、気が付いたことがありました。 

本物のAさんは過去にはいない、

本当のAさんは「今」にいる。 我即神也のAさんは「今」にいる。


と言う事です。



「過去はない、本来の姿は『今』にある。」と言いながら、、私は過去をつかんでいました。

「今」を見つめ、「今」に生きることの難しさを感じます。



毎日、私の思考は過去の中をさまよい、因果の創造を無意識にしている。

なんと無意味な創造をしていることか。。。

あ~真理を日常で実践することの難しさ・・・・(+_+)



過去はない、 毎瞬、毎瞬、宇宙神からの新しい生命が「私」としてここに降りている。 もちろんすべての人にも。


たとえ、過去に何があったとしても、

過去は、今の「私」には何の作用も起すことは出来ない。

今「私」は、完璧、欠けたるもののなく、大成就している。

今「私」は何も傷つかない、汚れない。

だから、過去にあったことを恐れることはない。

本物は「今」しかないのだから。



毎瞬、毎瞬、私たちの意識は、新しい状態、新しい場で生きていることを信じて、過去を思考に挟まず、相手の「今」を見つめなければならない・・・と思いました。

我即神也 人類即神也


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by mppoe-light | 2017-05-19 21:41 | 真理について思ったこと

白光ノート「報道/自己決定と神魂 」から.......

今回の白光ノート「報道/自己決定と神魂 」、

この高い真理をどれほどの人が理解して下さるでしょうか。

どう受け取るかで、消えてゆく姿の理解・体得の深さが分かります。

 現象の世界の因縁因果の波に流れる自分と、五井先生が説かれる「人間は本来神の分霊」 を信じる自分「私」。

そして、

昌美先生の説かれる、人類即神也、すべては完璧、欠けたるものなしを受け入れる自分「私」。

どちらが本物の自分「私」だと信じているか。

人間は現象世界を生きる80年90年がすべてではないです。

もともと私たちは永遠の命をもった神の子。神聖な存在。

この地球に神の完全性を、完璧な世界を築くために降りてきている。

今、社会を動かしているのは一人一人個人の意識の集合。

その一人一人が、究極の真理、我即神也 人類即神也に目覚めてこそ、世界は恒久平和へと進化するのだと思います。 

世界平和の祈りは、過去からの延長線上の古い組織、古い構造を良くするためにあるのではなく、

祈りで天と縦に繋がることで、神性意識から創造される、まったく新しい神性の社会を創造するために祈るものであると思います。

 

平和も憲法9条も、国民一人一人の意識が守るもの。

守ると言っても、因縁因果の二元対立の思考で守るのではなく、究極の真理=神性意識が守るもの。でなければ、恒久平和にはならない。

一時的に平和へと取り繕っても、民衆の意識が低いままで、それが神性意識によるものでなければ、本物の平和にはならない。

・・・・・私はそのように考えています。

だからこそ、一人一人が究極の真理を身に納め、自立して行かなければならないのだと思います。



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絶対なる真理7  報道/自己決定と神魂


 『いかなる地球上の出来事、状況、ニュース、情報に対しても』よく心得て、接すべきである。同悲同喜が慈悲心であると言われることもある。しかし、真の愛は感情移入ではない。そのように「人類即神也」の宣言文は言う。

どんな出来事があろうと、『すべては自己決定である』。たとえ殺し殺されたとしても、『被害者もなければ加害者もない。加害者であろうと、被害者であろうと、魂的にお互いに納得済みである。決して偶然ではない。前生の因縁の消えてゆく姿である。原因、結果の法則によるものである。
この世における常識や観念、知識では計り知れない、奥深い自己決定によるものである』(07-11)

加害者を責めるのではない。被害者に胸を痛めるのではない。神魂を見るのである。

そのような現象に対して、『批判、非難、評価を下さず』、そして『神魂(人類即神也)を見なければならない』(07-11)

それこそが人類即神也の印であり祈りである。人類即神也の印は因縁因果に一切関知しない。人類即神也の印はすべての人の神魂を見出し、賛美する。そして、この印は人類に真理に目覚めるエネルギーを送りつづけるのである。

したがって、神人は『戦争の終結、食糧や物資の援助、救援活動は出来る人に任せておいて』(02-02)、
直接的に人類を救済するのではない。意識が現象を創ったのであるから、現象に介入するのではなく、人類の意識変革を促す印と祈りをするのである。

『二十一世紀、現在、引き起こされている戦争や紛争、テロや飢餓、貧困、差別、災害、疫病をなくすことには意味がない。表面的にこの状態を止めても全く無意味である』(07-12)。神人は『人類一人一人の内部にひたすら潜み、眠ったままの無限なる資質、無限なる能力、無限なる可能性を引き出す大いなる働きを担っている』(07-12)のである。

神人は人類の目覚めのために祈り、印を組む。それと同時に、自らの『信念により、欠けたるものの一切ない、大調和した輝かしい人生を創造してゆく』(07-12)のである。
神人は因縁因果という、罪滅ぼしと積徳という手法ではなく、生まれながらに備わった神性を顕現することに意識を集中してゆくのである。
しかし、この神性顕現も「心の法則」という「絶対の真理」に則って成就するのである。人類の目覚めも全く同じである。現象に現れた人間、システムを変えて改善しようとするのではない。

『誰もがその人に現れている現象の姿を見るのではなく、その人の本心、人類即神也そのものを見ようと試みるだけで、世の中は変わるし、人類の意識も変わってくる』(06-12)

先ずは、『自分の心を暗くするニュース、嫌な事件、悲しみや苦悩の映画、胸が絞めつけられるようなドラマを観るとこなどは、限りなく排除してゆくことが好ましい』(07-04)

神人は現象界ではなく、完成された平和世界、神魂に意識を集中し、その世界が降ろされることを祈り、感謝しつづけるのである。神人は現象界の玉石混交の自分ではなく、神性そのものの自分と人類に意識を集中し、その姿が顕現するようと祈りつづけるのである。
神人は自らの神性、無限なる能力、無限なる創造力を信じることで、神の姿を顕わしてゆくのである。自らの力で神の姿を顕わし、人類を真理に導いてゆくのである。

<白光ノート から>


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by mppoe-light | 2017-05-09 20:29 | ピタゴラスさん啓示録から