究極の真理 絶対なる真理 そして祈り

白光ノートから 絶対の真理1,2を読んで、五井先生が教えて下さった、祈り=命がのりだす を思い出しました。


「我即神也」が「究極の真理」である。他方、「絶対なる真理」とは、その神なる人間が自由意志と無限なる創造力によって自分の人生を創ってゆくことである。

<絶対なる真理2  自由意志と創造力 から>



縦につながった(神性につながる)人間が、自らを信頼して生きることが真に生きること。真に生きることは祈ること



祈り=生命(いのち)を動かす

縦に真っ直ぐにつながり、「神性、すべては完璧、欠けたるものなし、大成就」

を肉体を通して顕す。 絶対なる真理(自由意志、無限なる創造力、能力)によって。



宇宙神から放たれた光=「私」 

今までもこれからも永遠にある「私」。

素晴らしい!今、「私」はここにいる! 



「私」は、“今”にいる。 過去には存在しない。

「私」は常に創造している。自分が気付いてもいなくても創造をしている。


心が過去に向かっていれば、神性から離れた創造をし、

心が今にあれば、究極の真理を形に顕す。

意識的に生きなければ と思います。 過去に向かおうとする心を振り切り、
自分の意志と選択で「今」を選ぶ努力が必要です。

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◆絶対の真理1


究極の真理とは、「我即神也、人類即神也」のことである。

それとは別に絶対の真理と言われる法則がある。

この二つの言葉は白光誌では全く100%使い分けられているわけではない。概ねといったところである。両者とも何度も繰り返されていることなのだが、それだけ重要なのである。

究極の真理とは本質論、認識論である。本質論は、現象の如何にかかわらず不変である真理のことである。

それに対し、絶対の真理とは現象論、行動原理である。

(省略)

絶対真理とは 『あらゆる現象の原因は、すべて自分自身の内なる心にある。その内なる心が外なる現象をつくり出している』 ということとされる(05-10)。



真に生きることは 『自分自身を信じることから始まる。自分自身を信じるとは、すなわち自分は運命に翻弄されるものではなく、自らの運命を支配し、創造してゆくものであるということを信じることである』 (05-10)とされる。

絶対真理、心の法則=因縁因果の法則という単純な理解では事足りない。これは単に起きてきた物事を受容する法則でもない。神人が天命を完うしてゆく道そのものである。  



◆絶対なる真理2  自由意志と創造力


 前回見たように、「絶対なる真理」とは心の法則であり、それから派生する真理のことである。もう一つの事例を見ておく。
 『生命の尊厳』(01-02)では、「絶対なる真理」は、次のように「自由と創造力」に関するものとして説かれる。


『すべては自由と創造から成り立っている。人類に与えられている平等とは、自由と創造力そのものだ。
この自由と創造力は、皆が考えている以上の働きをする。

それは、その無限なる能力を信じ、プラス思考ですべての物事を創造してゆくならば、その人の人生は、全く方向転換してゆく。

そして、その力は大いに発揮されてゆく。
なぜならば、それこそが絶対なる真理そのものであるからである。

内なる無限なる能力を顕現することによって、自らの人生の輝かしい未来を創造してゆくのである。』(01-02



絶対の真理の根幹にあるのが「自由と創造力」である。それは生命の権利とも言われる:



『神が人類一人一人に与えた生命の権利、自由と創造ほど尊いものはない。』(00-04


また、それらを如何にして発揮してゆくかが人類の課題と説かれる:


『人類が天より与えられし無限なる創造力と自由意志、そして無限なる能力、それらの天賦の才をどのように発揮してゆくかこそが、今生を生きる人類一人一人にとっての大いなる課題なのである。』(06-01


また、『すべては個人の自由意志という絶対なる法則に委ねられている』(04-04)とも説かれる。

自由意志は創造力とともに特別に重要視される:
『すべてはこの自由意志に任されているのである。原因は同じでも、個々人の意志によって、違った結果が生じてくるのである。この自由意志というものには、すごい権限がある。真に人間を動かしているものの正体は、自由意志である。

結果に導くのは、他の力でもなければ、神でもない。あくまでも自らの自由意志によるものである。』(04-04


この聖域には宇宙神さえ介入出来ないとされる:


『宇宙神は、人類一人一人の意志決定に介入することはなさらないのである。』(03-07
『自由意志は、人類一人一人に与えられている素晴らしい叡智である。ゆえに宇宙神は、人間の意識や心を決してコントロールなどなさらない。たとえ、その自由意志が善にも悪にも応用されようとも、人類一人一人の責任と、自由意志を尊重しておられるのである。』

(06-01)


「我即神也」が「究極の真理」である。他方、「絶対なる真理」とは、その神なる人間が自由意志と無限なる創造力によって自分の人生を創ってゆくことである。


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by mppoe-light | 2017-04-25 21:24 | ピタゴラスさん啓示録から

復活そして顕現

我即神也 人類即神也の宣言文を読むとき、

私は、自分の中にある神性「私」が、肉体を通して現象世界に向けて宣言している

 と思って宣言しています。 

宣言文は、私の本体からの言葉、私自身の言葉 と思ってます。

呼吸法の印を組むとき、 

私は、心の中で、「神である私が印を組む、我は神なり」と思い、組むように

心掛けています。

2015年に神性復活が発足し、昨年は、「ソウル・オブ・ウィメン(SOW)神聖なる女性性の復活」が発足しました。

“多様でありながらワンネス”

富士宣言の中の言葉です。

私達は別々の個に分かれた存在ですが、それぞれ個人の自己意識が高まれば「私」という意識は大きく広がり、その広がった「私」の中に相手も含まれる、

だから相手=私。 別々に分かれていても一つ。ワンネス。

その時、私たちの心は自然に繋がり、当然のように分かち合い、赦しあい、称え合う。 そして恒久平和へ・・・

 

だから今、 

恒久平和は人類の神性復活、顕現にかかっている・・・

と思っています。

今年は今後の地球、人類の将来を左右する大切な時。伸るか反るかの時。

でも同時に ついに来るべき時が来た、時来たれり! と言える年ではないでしょうか。

2015年神性復活、2017年神聖なる女性性の復活、そしていよいよ2017年本格的に神性顕現が始動する・・・ そんな気がしています。

(そのために昌美先生は毎日命懸けで人類を支えておられるのだと思います。)


私達一人一人の意識が上昇すれば、富士ではさらに高い印や神事が降りてくるはずです。 そうなれば、さらに強い大いなる光を人類に向けて発信できるのではないでしょうか。


これから神性顕現を目指したいと思います。




私の直観は、ぶれてはいなかった!

我即神也! すべては完璧、欠けてるものなし、大成就!



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by mppoe-light | 2017-04-17 21:37 | 真理について思ったこと

団体、組織について☆

凡夫の思考は無意識のうちに格差をつけたがるようです。

肉体人間観がもたらす固定観念が原因なのだと思います。。。。

自分の中の「我即神也」 の信頼が欠けていると、

基礎、土台の無い建物がぐらぐら不安定に揺れるように、

人は自分に自信がなくなり、自分の価値を外側に求めるようになってしまう。。

自分を確かなものにするために、外側の人に認められ、評価してもらうことで安心する・・・

その気持ちが、人より高く、優れていたい・・・と思わせる。

それが叶わないなら、せめて優れた先生、優れた導師につながっていたい。そのことで周りに評価してもらえる。自分も安心できる。 

これが宗教対立の始まりなのでしょうか。 

自分がつながる先生が一番であってほしい。本物であってほしい。

そうであれば、つながっている自分自身の価値も認められる。



神性を忘れることは、人間の心の基礎(土台)、根本、源をなくすということ。

なくした物を外側に求める。外側に力を求める。外側に存在価値を求める。

本当は自分の中に初めからあるものなのに。

これはたぶん平和運動の中でも起こりうること。

平和運動が、土台のない“自分”を支えてくる。だから自分の価値を平和活動に託す。神性「私」にとって、祈りは生きることそのもの。無限なる愛 あふれ出る愛から平和を訴える。 そこに小我の私はないはず。

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少し前に、地方の宇宙究極の行事を終えました。

総括ではなかったのですが、気が付いたら 総括の役目になっていました。
県外の経験豊富な方々の多くの応援を受け、無事行事を終えることができました。


県外の応援が多い分だけ、こちらの自主性を抑えるのは仕方がありません。が、忍耐が必要でした(笑) 

ただただ、 「今自分がここにいるのは、宇宙究極の光を降ろすため、それ以外の感情は必要ない!」そう言い聞かせました。

おかげさまで、素晴らしい行事になりました。 行事経験のない私達ではここまで整った行事はできなかったと思っています。県内外の経験者の方々の指導のおかげと今は思っています。良い体験をさせて頂きました。

 大成功、大成就した行事ですが、私自身は達成感も感動もなく、次は5月、SOPPだ・・・と思うくらいでした。

ただ、二日間くらい力が抜けてぐったりしていました。

速く「私」に戻りたい。自分の内側の究極の真理に入りたい。切実にそう思いました。


今、思うのは、

団体、組織というものは難しいものだ、

と言う事です。


やはり根本は、神性復活、神性顕現 だと思います。


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by mppoe-light | 2017-04-11 23:39 | 真理について思ったこと