”選択”すること

本当の私は、愛の人、赦しの人、調和の人、光り輝いている人、すべて完璧な人。

本当の私を選択すること。

究極の真理⇒果因説 の生き方をしていくためには、
“消えてゆく姿”を忘れないでいること。

消えてゆく姿の教えによって、過去の古い私(肉体人間観の私)を振り切る、
と同時に
神性の私を受け入れる。 これは“即”行われること。

「肉体人間観を信じる過去の私」 と 「我即神也」とが いつも二つ存在するように思えるけど、
「肉体人間の自我=私」 は消えてゆく姿、  実在は我即神也 だけ。

「私」という意識は、我即神也 と 我即非神也 を二つ同時に選べない。
我即神也 を忘れて、我即非神也の私 となり、
我即非神也 を消えてゆく姿にして、我即神也に入る。

いつも、常に、意識は二つのどちらかを選んでいる。
毎瞬選んで、選んだ世界を受け取る。  
選択する権利は私だけが握っている。いつだって、どちらかを自由に選ぶことができる。
ということは、
選んだ後の結果には全責任を持つということ。

自分以外の誰かに、自分よりすぐれた立派な人に付き従うことが、私を幸せにしてくれるのではなく、
私の中の無限の幸せ、喜びが私を幸せにする。 (顕れる)
私の中の平和が、世界の平和の元になる。

世界人類が平和でありますように  人類即神也
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by mppoe-light | 2014-10-30 19:45 | どってことない話☆

どってことない真理のこと・独り言。。。

「我即神也 私は神そのものを語り、念じ、行為するのである。」


私の本心(神性の「私」)は、 無限なる愛、調和、平和・・・を、肉体を通して、顕そうとしているはず。 
神である「私」の働きを邪魔してはいけないんだ。天命を全うしようとしている「私」を遮ってはいけなんだ・・・と思いました。 

神性は決して傷ついたり、汚れたりはしないけれど、
その活動を滞らせているのは、私の肉体人間観。
消えてゆく姿を本物と見誤って、現象に翻弄されている私の想い。

自分が置かれた場で、その場の平和、調和に責任を持つ。 本心ならそうするはず、と思いました。

そのためには、自分の心はいつも平安で、豊かで、光りで満ちたように。
私の中にはいつも 根源に繋がっている神「私」が存在してる、
私の中には光、喜び、美、完璧、大成就が溢れている と意識して、
自分のいる場所が平和、調和の場になるように心掛けないといけないな・・・と思いました。

が、、、こうやって書くのは簡単だけど、実際に常に実行するのは・・・・。。。(無限なる能力!)

”一瞬一瞬の意志こそが、「選択」の原点なのです。”

意志の力、 私は実行するんだっっ☆ という大決心。
いつまでも自分を甘やかしてはいられない・・・のか。。。

いつまでも のほほ~ん♪ としていると、
意志を固めるために、守護霊、守護神さまから大きな課題を ガツン!!! と
落とされたりして。。。( ̄▽ ̄;) やだ~っ(焦

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by mppoe-light | 2014-10-17 19:16 | どってことない話☆

「自らの意志の力 信じる力」

印を組んでいて・・・
「私は愛なんだ・・・」  と思いました。

私はすべてに充たされ、すべてに愛され、すべてに抱擁され、祝福され、燦然と光り輝く宇宙神とまったく一つに融け合う。

私は愛され、愛で作られているから、私は“愛” そのもの 。
愛である私は、肉体を器にして現象世界に存在し、肉体を通して、“愛”を表現するんだ・・・・ 
 
と、そんなことを思いました。
そう思うと、もう過去には意味がないことがわかります。

そもそも過去はなく、カルマもない。消えてゆく姿なのだから、
過去とカルマは、神から離れてしまった“私”の想いの産物。
実在ではない、錯覚の自己像“私”  の産物。

(う~んっ 消えてゆく姿は深いっ☆・・・色即是空。。。)

“愛”という言葉は、心を癒してくれます。心を充たしてくれます。
本当に良い言葉だな・・・と思いました。 だから、“愛”=私 と思うと、
身も心も軽く大きく広がって、喜びでいっぱいになります。

いつも印を組むときは 心の中で 「我は神である 人類も神である」と宣言します。
私の組む印が人類の意識に働きかけて、目覚めを促す そう思って組んでいるのですが、
この頃は、私は愛、私は愛・・・と心の中で宣言してます。

自分が愛で創られ、愛そのもの・・・と思ったのなら、次はその愛を肉体を使って表現していかなければ・・・・、意志の力と、信じる力で。 

ということで、
今繰り返し読んでいます。 ↓

神力とは即ち
自らの意志の力 信じる力
自らの思い描く人生を
自由自在に創造し
今生に生み出してゆく
生命の本質の力そのものである

<10月号 インフィニットワーズ 神力 から>

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一瞬一瞬の意志こそが、「選択」の原点なのです。

選択の基準は愛です。一人一人が、日常生活の小さなことから出来るだけ愛を表す。出来るだけ人のために尽くす。その選択・決定をしていけば、不平や不満や抑圧や怒り、ねたみや嫉妬が、自分の心からなくなっていく。

結論になりました。すべては自分の責任において、自分の人生を決定していく。
選択・決定が自分の運命を築いていく。 
その輝かしい選択・決定の一番の基準は、私たちは本来、素晴らしい神の分け生命なのだ、神の子なのだ、本来はすべて満たされているのだ。
だから、自分だけではなくて、自分が幸せであると同時に、みんなが幸せになるよう祈ろう、働こう。
 そういう気持ちで、日常の中に現われる一つ一つの選択の瞬間を迎えるのです。
 ですから、自分がこの選択をすると誰かが痛むと思えば、もう一回考えてみて、二人がうまくいくような選択をしてゆけば、お互いに対立もなければ、いがみ合うことも嫉妬することもない。
お互いがお互いを尊重し、認め合いながら、レベルアップできる。

これが意識改革であり、新しい二十一世紀の観点です。明るい選択が世界を平和にする原点です。

<昌美先生 「人生と選択2」 から>



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by mppoe-light | 2014-10-03 21:53 | 真理について思ったこと