過去は認めない。

現象を根拠に 自分や相手を判断・評価しないこと。
目に入る現象が、 消えてゆく姿、と分かっていても、引っかかる、捉われる。執着する。
それは、過去を受け入れ認めてしまっている・・・ということ。
過去・輪廻転生は、自分のことを 神ではない、無力で弱いただの人間  と見誤った誤解、錯覚の自己像の世界。
我即神也を宣言する私には、過去はない。 輪廻転生はない。

相手がどんな姿を表現していようとも、 それは過去の現れ。 
どんな姿を表現していようとも、それを見て引っかかることは、(否定的な感情的になることは)
過去に執着し、過去を認めてしまっている・・ということ。

我即神也 を宣言し、人類のために印を組んでいる私が、今さら過去に振り回されるなんてっっ!!!

私は、過去は認めない。もう輪廻転生は終えます。 認めるのは 我即神也 人類即神也 のみ。

・・・・祈りながら自分と向き合っていて、こんな風に思いました。

c0074000_13322510.jpg

[PR]

by mppoe-light | 2014-01-31 22:52 | 真理について思ったこと

私の中の”光”に従って生きたい☆


どんな困難の中にあっても、 真に消えてゆく姿が分かっているのなら、自分を愛し、人を愛する ことが出来るはず。
心が曇らない、暗くならない人になりたい。いつも 明るく、軽く、上機嫌な心でいたい。 ・・・と思います。

そのためには、究極の真理を自分のものにしていかなければ。 意識して神性を認める、確認する。

消えてゆく自我の「私」を退け、内になる本来の神=私を認めたとき、 自我で止められていた 光が
流れ始める。 その光は愛になり、赦しになり、美になり、・・・・成功、可能性、能力になる。
光が言動に顕れ、人の心をひきつけ、真理に目覚めさせることができる・・・と思います。

いつも自分の中にある”光”。 私は本来神だから、常に光、輝いている ということを認めなければ。。
c0074000_13301895.gif
私たちは、 すべてに満たされ、すべてに愛され、すべてに祝福され、宇宙神とまったく一つに溶け合う 存在。

だから、同じように私たちは、すべてを愛し、すべてを祝福できるはず。

神だから、すべてを愛することができる。 
神だから、赦すことができる。 
神だから、無限の可能性、成功を顕すことができる。

外側に反応ばかりする自我=私ではなく、自分の中の神性、我即神也の「私」 を主にして生きていけたらいいな・・・と思います。
c0074000_2140719.jpg

[PR]

by mppoe-light | 2014-01-20 21:24 | どってことない話☆

天と地をつなぐこと

「天と地をつなぐ者」
霊側と五井先生の問答の場面から ↓

「人間世界の苦しみを救うにはどうすればよいのか?」

「人間の本体を知らせ、神の理念を知らせることです」



「・・・・・私たちが、真の祈りに多くの人をひっぱってゆくため手間取っているうちに、
たとえ共産主義者の現実社会平等化の呼び声によって、日本や世界が、ソ連の自由になったとしても、そのようなことではこの地球世界のカルマが浄まらぬのですから、いつまでもその思想に人類が抑えられてゆくことはありません。


また他にどんな思想や現実手段がとられても、魂の浄化がなく、神と自我が一体にならない以上は、真の世界平和はできっこないのですから、私たちの祈りが必要でなくなることはありません」

「そんなことをしているうちに、戦争や天変地変でこの地球が滅びてしまったら一体どうする?」

「地球が滅びたとしても私たちのように本体の神性を知っている者や、知ろうとしている者にとっては、たいした問題ではありません。しかし、神は大愛なのですから、多くの人類にそのような強い恐怖を与えることなく、お救い下さることを私は信じております。・・・・


************************************

世界平和の祈りで、自分の中の光の道を見つけ、  
その道が「我即神也」であること、究極の真理であることを知りました。
神と自我が一体 となって働く神人、

神性を認め、信じることで、天と地を繋ぎ、天の理を 地上に顕すための神行を行う神人。

究極の真理、果因説を実践することで、天命をまっとうする。


救われるのではなく、 人類を救う立場になりました。 神人は、人類救済の神の大愛 によるもの。

地球が滅びたとしても私たちのように本体の神性を知っている者や、知ろうとしている者にとっては、
たいした問題ではありません。”


“いのち”は永遠。無限。  我即神也 を認め、神行を行う私たちにとっては、これから何が起ころうとも、
たいした問題ではありません。 と言えるはず。  でも、そう言えないのは、、、自己の内の神性を認めることが、中途半端だから。

 

c0074000_22252136.gif

神性を宣言しても直ぐには顕現してこないように見えるのは、カルマという残債がたんまり残っているからではない。
発見の仕方が中途半端なだけである。自己の内に真の自己を見つける。
これは、物質世界で何かを発見するのとは違った領域のことである。
かえって、この世的な知性と教養、つまり理性は邪魔でさえあるのだ。

 この理性を超えた方法が宣言と印、果因説である。それを続けることである。
<ピタゴラスさん>

真の自己の発見は、知性、理性で考え、思考した結論ではなく、 
思考を超えた何か、自分の中から出てくる答え。
それはもともと自分は知っていたこと・・・と思えるような、揺らぎようのないもの。

理性を超えた、宣言、印、果因説、 それを続けること。
そうすることで、天の「私」と地の私をまっすぐにつなぎ、地上に光を放つことができるのだな・・・と思いました。

c0074000_22102935.jpg










[PR]

by mppoe-light | 2014-01-07 22:48

今年の指針

今年の指針はとってもシンプル

すばり

「朝起きた時に まず感謝」  

でした。
今年も厳しい言葉を予想して、ハラハラしながら開封したのだけど、
とても短い言葉に、あれっ・・? びっくり☆

今までに比べて、簡潔すぎる とも言える言葉、 
でも、
深読みするのは止めまして、
言葉通りそのまま受け取ることにしました。(●^o^●)

指針に書かれた ”感謝” の文字が、きれいだな・・・と思いました。

c0074000_2225250.jpg

[PR]

by mppoe-light | 2014-01-07 19:44 | どってことない話☆