”人類の原点”

今回の啓示、感動でした☆☆☆ 読んでいるうちに嬉しくなりました。そしてほっとしました。
求めていた言葉が出ていたからだと思います。
感想はまた後日にしまして・・・、

今までの啓示録に比べて読みやすくて、分かり易いと思います。
どうぞ、ゆっくりとお読みください。
c0074000_2124949.jpg


人類の原点(注1)

「至高の仏陀」と自ら称され、神々から称される方がこのような説法をなされました。
 我はかくの如く聞きました。


 あなたがたに課せられた使命は、神の姿をこの現象界に顕現することだ。
誰も神になりなさいとは言っていない。現象界で人間が神になろうとしても、出来る人は上根の人だけだ。
あなたがたは、そもそも初めから神そのものであった。初めから完璧であったと言っているのだ。その原点の事実を思い出すのだ。神を現わした後で、「自分は神である」と思うのではない。順序はその逆だ。神になろうとする前に、「自分が神である」と思うことが重要なのだ。

自己意識が自分は神でないとか、神になるとか、神であると思うのだ。あなたがたは、今まで自己に内なる神性を視てこなかった。自分の現象面のみを視てきたのだ。
自分をよく知るとは、現象面はさておき、自己自身の神性を視ると言うことだ。諸行無常の現象に先立つ、久遠・不変の原点である「我即神也」に戻るのだ。

今日まで、自己意識は現象界の枠内に閉じ込められてきた。
そして、自分の不完全性のみを視て、自他を批判しつづけて来た。
イチローは稀有のバッターだ。あなたは、イチローが三振したところを見たからと言って、イチローのことを弱いバッターとは言わないだろう。
五井先生は真理を語る人だ。あなたは、五井先生が鼻をかんだのを見たからと言って、五井先生のことを鼻をかむ人とは言わないだろう。
あなたは神そのものだ。しかしながら、あなたは自分の数十年の人生、または過去世を入れても数万年の人生だけを見て、自分のことを神ではないと言っている。これが無知と言うことだ。

 自我は、「現象をよく視なさい。そこに、あなたの真実の姿がある」と言いつづけてきた。守護の神霊は、「本心をよく視なさい。そこに、あなたの真実の姿がある」と言いつづけてきた。
自分の真実の姿を見る自己意識の鍛錬。そこに宗教の本質がある。
自己意識が「我即神也」に定まれば、現象世界は神の姿となる。

 自己意識を変えずに、現象世界を変えようとするならば、その現世利益は満たされない。
 精神性を求めるあまり、現象世界の向上を放棄するならば、それは現実逃避だ。
 現象世界の向上を通して、神に近づくならば、その自力行は挫折する。

 私が教えてきたことは、印・神語(言霊)・呼吸法・マンダラだ。果因説の教えだ。
自己意識を「我即神也」に定めることによって、神を顕現することだ。
根源の世界に戻りなさい。思い出しなさい。原点に帰ることだ。
原点は「我即神也」であり、「人類即神也」である。原点は無色透明な「空」ではない。単なるプラスマイナス0ではない。宇宙の原点は宇宙神の大調和的展開そのものである。原点は宇宙の始まりであり、『今』であり、久遠である。原点は無限なる神性そのものである。原点は人類一人一人の内なる神の国である。原点から離れようとする者は、回帰せねばならず。誰も原点から離れつづけることはできない。原点から離れた想いを出したとした人も、消えてゆく姿を通して、原点に戻ってゆく。
 
『因果律』も『消えてゆく姿』も人類が原点に回帰するため作用のことである。
宇宙は常に、すべてが原点に帰るように動いている。何かが原点から外れると、宇宙はそれを「御破算(そろばん用語)」にしようとする。
人を叩いた者がいたとしよう。その人が叩き返されるのが法則ではない!
その人が叩き返されることによって、軌道を修正しながら神に戻ってゆく作用が因果律なのである。報復そのものが因果律の目的ではない。だから、果因説を駆使すれば、因果律の修正に先んじて神に戻ることが出来るのだ。当人が神に戻れば、因果律による修正作用はない。
 
自己意識が自我そのものであるとき、攻撃に次ぐ攻撃こそが最大の防御のように見える。自己意識が自我の座に近いとき、宇宙のシステムは「目には目を、歯には歯を」という因果応報のように見える。
自己意識が神性に近くなると、宇宙のシステムは「消えてゆく姿」を通して「神の姿」を顕わす場に見える。自己意識が「我即神也」に定着するとき、宇宙は「神の姿」を自由自在に顕現する場となる。
自己意識と宇宙をつないでいるフィードバックシステム(ある目的の為に何かを創り出したとき、創られたものの情報が創り主に戻ってきて、創り主は自分の創りだすものを調整し直すシステム)がある。
自己意識は原点である「我即神也」から始まった。本来、神なる自己意識は神の姿を創造しつづける仕組みになっている。自己意識が原点から外れる場合、自己意識が創造した姿や物の情報が、自分自身に戻って来て、自己意識を原点に戻すよう働きかける作用がある。人類は、このフィードバックシステムのことを因果律と言ってきた。
 
三次元世界では、自己意識が自分で創り出した姿や物の中に閉じ込められてしまったのである。四次元世界になって、自己意識が自由自在に「我即神也」にワープできるルートが開かれたのである。「我即神也」は人類の天命である。そして、それは最終ゴール(注2) である。同時に、最終ゴールはスタート地点であった。原点であった。そこは、神聖で純粋な本心、汚れなく崇高な本心の場なのである。
 

注1
『人類の原点でもある“我即神也”の究極の真理』白光1997-9 P.16
『人類が初めは神そのものであった原点にまで遡る』1998-6 P.18
『人類の原点でもある“我即神也”を思い出すことによって、人類はよみがえってゆきます。』1999-1 P.10
注2 白光1996-8 P.19

*********************************************
ピタゴラスさん啓示録
[PR]

by mppoe-light | 2010-03-25 21:31 | ピタゴラスさん啓示録から

心に響く”感動” って・・・

c0074000_238618.jpg
無明、迷いとは「自分が誰であるか、何者であるかを忘れていること」である。
自分の遺産と血統を忘れたことである。
正しい自己意識の忘却である。


自分の神性を認めない者は、神性の無い世界を体験する。
自分の神性を認める者は、神性の世界を顕現し、体験する。
これは観察者効果である。

自分の神性を認める者は、人類の神性を認める。
我即神也を知る者は、人類即神也を知る。
人類即神也を知る者は、人類に自らの神性に目覚め、神性を顕わすよう促す。
我即神也を知る者は、自分を尊ぶ。
自分を尊ぶ者は、人類を尊ぶ。
そして、人類に自らを尊ぶよう促す。

今日も、我々は自分が誰であるか、何者であるかを明確に宣言する。
そして、因縁因果の自分とは決別する。
我々は自分で宣言したとおりの自分を顕わして行く。
神事と印がある限り、「我即神也」の探求は単なる観念論ではすまない。

********************************************
啓示録から

昨日、短い時間だったけど Kさんと啓示録について話しました。

まずは 「解りやすくて良かった」 。 でも

自己意識軸には無限の段階があるし、(いろんな自分があるわけで・・・・)
自己意識を上昇させるには、感動がないと上昇できない・・・
といった内容だったかな。。。

つまり彼が言うには、
心の中で、「あっそうか・・・!」といった、“ひらめき”のような感動がないと心が納得していかないので、次元上昇は啓示録を読むだけでは難しい・・・ということでしょうか。

まぁ、それはそうなかもですが、、、私は聞いていて、 「?????」でした。

今は果因説で我即神也。 
だからまず我即神也から始める。 印を組み神語を語る。 
それによって自分が調ってくる(我即神也に)。


今日も、我々は自分が誰であるか、何者であるかを明確に宣言する。
そして、因縁因果の自分とは決別する。
我々は自分で宣言したとおりの自分を顕わして行く。
神事と印がある限り、「我即神也」の探求は単なる観念論ではすまない。


心に響く”ひらめき”の感動は、自分から体験していかなきゃ、と思う。
ぼんやりしてると、せっかくのチャンスを逃してしまう。
何のために取り組むのかを意識して神事と印を続けていれば、感動はやってくると思う。
 思うだけじゃなく、がんばろ。

Kさんとの話はまだ途中で終わって最後まで聞いてはないけど・・・
やっぱり話かみ合わないなー(笑)
私は私のやり方を信じてやるのみです。

我即神也 
[PR]

by mppoe-light | 2010-03-23 23:11 | ピタゴラスさん啓示録から

すべての人を待っている“宝物”


昌美先生が果因説を提唱されてから、 ピタゴラスさんの啓示録や昌美先生の法話などなど、
を読んでいると・・
宇宙は はじめっから果因律で創造されているのか・・と思います。
ゼロ次元の私、我即神也からすべてが発し、すべてが吸収され、
(宇宙の呼吸と「私」の呼吸が同調して同一化しないかなぁ・・・? )
因果律は、3次元に閉じ込められた(というより、「非神」という意識から自ら閉じこもってしまった)人間の一時的な救済方法って気がします。  
どれも私の想像なんだけど。


アルケミストから

「地球上のすべての人には、その人を待っている宝物がある」


※宝物とは、「我即神也」のこと。少年は夢でみた宝物を追って旅を始めました。
宝探しの旅はいつしか自己探求の旅に変わります。

「僕の心は、傷つくのを恐れています。」ある晩、月のない空を眺めている時、
少年は錬金術師(アルケミスト)に言った。
「傷つくのを恐れることは、実際に傷つくよりもつらいものだと、おまえの心に言ってやるがよい。夢を追求している時、心は決して傷つかない。それは、追求の一瞬一瞬が神との出会いであり、永遠との出会いだからだ」



自分の宝物を信じて、もっと勇気を。
無限なる勇気、無限なる可能性
c0074000_2156585.jpg

[PR]

by mppoe-light | 2010-03-21 21:59 | 真理について思ったこと

おめでとう「私」、ありがとう「私」

愛というのは存在である。存在を祝福する。
今あることを解決すると、過去のことが解決できる。
今が一番、一番自由になる。
<松尾みどりさん>

c0074000_22522737.jpg


「目に見えるものを通して、人間が霊的な教えと神の智慧のすばらしさを理解するために、
神はこの世界を作られたのだ。それが行動を通して学ぶとわしがいったことなのだよ」
<アルケミスト>


自分を愛することの最終的課題は、自己愛にもとづいて行動し、人々に話しかけ、地上に
あなたの天国を生み出すことです。
自分を愛することは、自分を尊敬し、高い目的に生きることです。
あなたが、自分自身、自分の時間、愛、目的に価値を与えるとき、他人もまたそうするでしょう。

自分をそう深刻に考えないで下さい。
笑って、遊んでください。たとえ何かがうまくいかなくても、世界の終わりではありません。
ユーモアの質は、おそらく自己愛への最高の道の一つです。
笑い、他人に微笑みかけ、自分の問題を離れてみる能力は、進化した技術です。

もし、あなたがひどい状態から抜け出したいと思っていたり、・・・・・
自分の心を乱す人のまわりにいるならば、自分が持っている良いものを眺め、
自分と宇宙に感謝することで、自分のエネルギーをすばやく変えることができます。
これはオーラを浄化し、波動を上げるのに効果的な方法です。
毎朝目を覚ましたとき、二分間感謝を捧げれば、もっと素晴らしい日を
過ごせることに気づくでしょう。
感謝にはより高い理由があります。 実際、宇宙へ呼びかけているのです。
<オリン>



神とは、生きることそのものであり、この躍動する一瞬一瞬すべてなのである。
神という叡智では、悪であるものは何もありません。あらゆるものは、智慧を与える
ひとつの体験なのです。

よろこびとは何なのか。
よろこびとは、まったく邪魔の入らない動きの自由のことだ。
価値判断のない表現の自由だ。恐れや罪悪感のない存在のことだ。
よろこびとは、自分が、自分自身の条件で、
人生を創造していることを知っている状態のことなのである。
在るがままでいることを許されている自己の荘厳な姿のことだ。それがよろこびなのだ。
<ラムサ>

**************************************


おめでとう「私」 ありがとう「私」。 私は私を祝福します。
c0074000_2246956.jpg



フリー素材 空色地図 
[PR]

by mppoe-light | 2010-03-19 22:58 | 真理について思ったこと

「今」=無限なる感謝

いったいこの罪悪感はどっから湧いてくるんだろう・・・と思ってしまう。
そんなに私は因縁因果の世界の、善悪の善が好きなのか、
因果の誤った世界の善に自分を置いても・・・・どうせ消えてゆく世界なのに・・・
どうせ消えてゆく自分なのに~!
似たような想念に繰り返し引っ張られる自分に腹が立つ、、
そして、いじけ、一人すねる・・・・・( ̄▽ ̄;)
c0074000_21542232.gif
無限なる進化、創造!

現象世界を消えてゆく姿として退けて、その上で現象世界に神性を顕現する・・・
しっかり自分の中心「我即神也」をつかんで信じていないと、現実世界に流される。
流されないためには、「今」 我即神也、
我即神也は「今」にあって、「今」が一番エネルギーが高い(・・・と、私は思っている)
創造は「今」から始まって、「今」で終るのなら、横の直線時間にある過去や未来には、パワーはないってことになる・・・・。。。

アルケミストから

キャラバンは昼も夜も旅をし続け始めた。顔を隠したヴェドウィンたちが、
前よりいっそうひんぱんに現れるようになった。少年と仲良くなったらくだ使いは、部族間の戦争はもう始まったと説明してくれた。もしキャラバンがオアシスに到着できれば、それはとても運がいいことだと言った。

しかし、そのらくだ使いはあまり戦争を心配してはいないようだった。
「私は生きています」 と彼はある夜、ひとふさのなつめやしを食べながら少年に言った。その夜は火もなければ、月の明かりもなかった。

「私は食べている時は、食べることしか考えません。もし私が行進していたら、行進することだけに集中します。 もし私が戦わなければならなかったら、その日に死んでもそれはかまいません。
なぜなら、私は過去にも未来にも生きていないからです。私は今だけにしか興味を持っていません。もし常に今に心が集中していれば、幸せになります。砂漠には人生があり、空には星があり、部族の男達は人間だから戦う、ということがわかるでしょう。人生は私たちにとってパーティであり、お祭りでもあります。なぜなら、人生は、今私たちが生きているこの瞬間だからです」

アルケミスト パウロ・コエーリョ著 地湧社
我即神也 の「今」 は、同時に無限なる感謝、 だから「今」に戻れない時には、感謝を繰り返せばいいみたい。
食べ物さん ありがとうございます。お皿さんありがとうございます。お水さんありがとうございます。石鹸さんありがとうございます。タオルさん、布巾さん、レンジさん、・・・・・ありがとう。
すべては神のエネルギーで存在しているから、 パソコンも携帯もリモコンも・・・世界は神さまでいっぱいです。

「今」は同時に 無限なる感謝
c0074000_225646.jpg


自然いっぱいの素材集 から
[PR]

by mppoe-light | 2010-03-14 22:09 | 真理について思ったこと

アキバ系モエちゃん☆

フィギュアの顔型で作ってみました。

本館にも載せるのだけど、みんなに自慢したい(?)ので、(^^;)
こちらでもUP です♪
c0074000_19165137.jpg


<樹脂風粘土コスモス&グレイス 使用>
[PR]

by mppoe-light | 2010-03-13 19:20 | 人形作りの話

いちご大福をこよなく愛するワタシ☆

いままでいろんなイチゴ大福を食べましたが、 一番のお気に入りは
これです。 地元の和菓子屋さんのイチゴ大福。

c0074000_23154746.jpg


これは新製品のお抹茶のいちご大福。小さくて可愛い(^_^)
c0074000_2318085.jpg


中はお抹茶餡。
c0074000_2319255.jpg


大福もちと、こしあんと酸味のあるイチゴの絶妙のハーモニ~♪
今季、20個くらいは食べたような・・・・・・・( ̄▽ ̄;)ぁぅぅ・・・・

もうすぐ桜の季節・・・次は桜餅に突入しようと思います。
c0074000_23314224.gifc0074000_23315821.gif
[PR]

by mppoe-light | 2010-03-09 23:39 | どってことない話☆

精神世界の難民が・・・

<精神世界では、人類は2012年に肉体を脱いで超次元世界に移行するという間違った救いのアセンション観が未だに横行しています。・・・・・・そもそも引き金とされるフォトンベルトも存在しないのです。その間違った虚構の概念が2012年を迎えることで一気に崩れ、精神世界の難民が生まれることになるでしょう>

・・・・と、某サイトで読みました。
私自身も、 2012年について多くの人が依存していると感じてます。地球の次元上昇を、受け身で依存的に捉えている人が多い。

昌美先生は3月号のお話で、
これから2012年、2020年と世の中が変わってゆく時に、さまざまな予言が飛び交い、予知能力を発揮する人が現れ、また環境汚染や破滅の
問題も取り沙汰されるであろう。
と書かれています。
2012年になり間違った次元上昇の概念が壊れると、本物と偽者が分かれる時代が始まりそうです。

そのような世界にあって、神人たちは自分自身の姿を通して究極の真理を示すのである。神人たちが自分自身をコントロールし、自分自身が完璧に神とつながって
「光なのだ、すべては一つなのだ、すべては破壊されることなく、神様の中に包まれて生かされているのだ」ということを実感し、
それぞれが神人としての輝かしい生き方を示すことによって、世の中が自然に変わってゆくのである。
我即神也 人類即神也
c0074000_23431783.jpg

[PR]

by mppoe-light | 2010-03-08 23:45 | 真理について思ったこと

真のアカシック・レコード

真のアカシック・レコード


 三次元世界の時間軸の流れの中で、自分が想ったこと、言ったこと、行ったこと。それらがパソコンや携帯電話の履歴のように、整然と記録されているのだろうか。そんなものはない。気にもかける必要はない。そんな履歴をあなたが気にかけるより、遥か前に守護の神霊は過去を浄化してしまっている。神々が「消えてゆく姿」と言った履歴を残しておく必要は一切ない。宇宙はそんな無駄で、無意味なことはしない。

 現象世界を創造したのは確かにあなたであった。その世界そのものが無かったからと言って、あなたは何を失うのか。あなたが祈ってきた功績もない。しかし、あらゆる苦悩、失敗、不調和、罪悪感、不完全感、、、、それらすべても無いのだ。アカシック・レコードと言っても、三次元の現象世界の履歴が残っているわけではない。
今から過去にアクセスできるからと言って、四次元なのではない。あなたの因縁因果の履歴など誰も記録に留めていない。

 アカシック・レコードの真実について語ろう。そこには、あなたの残すべき記録がある。四次元的視点で見たあなたの情報が記録されている。「今」のあなたの姿を写すアカシック・レコードにはこう書いてある。
  
 「私はかつて神だった。
    私は今、神であることを思い出した。
    私はこれからもずっと神である。」(注1)

 本物のアカシック・レコードには「我即神也」のことしか書いてない。万巻の書物以上に、こと細かく「あなたの神の姿」のことが記されている。それを言葉にして語りなさい。それが神語だ。真の祈りだ。真理だ。生命の息吹(宣言)だ。果因説の言葉だ。
 あなたが因縁の自分を自分であると認めるならば、あなたは本物のアカシック・レコードを読むことはできない。あなたが読むのは偽物のアカシック・レコードだ。それが因果律だ。

 「眼にも見えず、手にも触れない」神性こそがあなた自身である。過去にしかと体験し、眼前にしかと在る現実的な姿。それはあなた自身ではない。決してあなた自身ではない。「眼にも見えず、手にも触れない」神性をあなた自身に認め、人類すべてに認めることが「自分を愛し、人を愛する」ことだ。それは、本物のアカシック・レコードを読むと言うことだ。

あなたがこの果因説に徹するとき、因果律は強制終了となる。その最もいい方法が統一、印であり、神語を語ることだ。3、4歳の幼児が、アメリカに行き、アメリカ人のように振る舞い、英語を話しつづけるならば、いつしか日本人であることをも忘れてしまうものだ。それと同じように、あなたが、統一によって神の世界へ行き、印によって神のように振る舞い、神語を語りつづけるならば、いつしか人間であったことも忘れてしまうだろう。どちらのアカシック・レコードを読みながら生きてゆくのか。偽者ではなく、本物のアカシック・レコードに意識を集中させるのだ。あなたが宇宙神に告白すべきは、過去の罪状ではない。神性だ。   

  注1 白光誌1999-2日々の指針 
 

************************************************
ピタゴラスさんの3/6 速攻で転載♪

アカシック・レコードの真実について語ろう。そこには、あなたの残すべき記録がある。四次元的視点で見たあなたの情報が記録されている   
あなたが因縁の自分を自分であると認めるならば、あなたは本物のアカシック・レコードを読むことはできない。あなたが読むのは偽物のアカシック・レコードだ。


因縁因果の記録は無意味なもの。それがどのような内容であっても、それは「私は神ではない」という、自分が何者か忘れた記憶喪失状態の時に作られた産物。消えてゆくドラマ。
そんなものもう要らない。だって本物の自分を思い出したから。

いつもいつも、ずっと本当は「神」 だったのだけど、「神ではない」と思い込んで生きた、
因果律の時代がありました。
そこでは、自分や人類が神であることを忘れて生きる、恐怖と罪悪感のドラマを演じてきました。
その中で、神ではない自分を体験しました。肉体人間の喜怒哀楽をすべて体験しました。
でも今、 我即神也、人類即神也 を思い出しました。
 だから、もう因果律の時代を生きるのは終わり。

ただ・・・・思い出したばかりなので神意識はまだ不安定で揺れます。 
完璧に思い出すために、これからも続けていかなければなりません。

あなたがこの果因説に徹するとき、因果律は強制終了となる。その最もいい方法が統一、印であり、神語を語ることだ。
あなたが、統一によって神の世界へ行き、印によって神のように振る舞い、神語を語りつづけるならば、いつしか人間であったことも忘れてしまうだろう。


c0074000_2383234.gif


直接、ピタゴラスさんの日記を読みたい方、過去のものも読みたい方は、こちらへ・・・・
mixi ピタゴラスさんサイト
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=17884569


ちょっと付けたし・・・・ですが、

あなたが宇宙神に告白すべきは、過去の罪状ではない。神性だ。   
・・・私なら、今こんな感じで告白しようか・・・。

「因果律の時代は、過去の罪ではありません。
神を忘れて生きていた時代。神ではない自分を体験した時代でした。
今、神性を思い出しつつあります。完全に思い出すまでのプロセスも重要だと思います。」
とかね
c0074000_23173191.jpg

[PR]

by mppoe-light | 2010-03-06 23:21 | ピタゴラスさん啓示録から

四次元的ワープとチャクラによる創造

四次元的ワープとチャクラによる創造

 「因果律を強制終了」しつつ「ワープ(瞬間移動)する私」を示し、「神の姿」を顕わす神人が現われ始める。彼らはリーダーのリーダーのリーダーと呼ばれる。

 「ワープする私」は、実のところ、五井先生が始められたのであった。
そもそも、『世界平和の祈りをしている人は、その時その人は(現象世界からワープして)本心の座、直霊の座に自己を置いている』(注1)のであった。
世界平和の祈りを祈っている時は、祈っている人の自覚があるないにかかわらず、祈った「私」は神になっていたのである。『祈りとは、(祈る私が現象界からワープして)自己の本体、直霊(神)に合体するためのもの』(注2)であった。
もちろん、ワープとは三次元空間の瞬間移動ではなく、四次元的なものである。空間的な場所はそのままに、「私」という意識、つまり自己意識の座が、それまで考えもつかなかった本源の世界へ戻ってしまうことである。

 それまで、人類の多くは本源の神の世界があるとは夢想だにしなかった。
本源の世界があるとは信じていても、そこへ行くには五井先生のような特別な人しか許されないと思い込んでいきた。因果律の法則による巨大な山脈を乗り越えない限り、本源の世界に入ってはならないと思い込んできた。それが、自分の意志で、祈り・印・神語によって自由に神の世界へ行き来できる時代になったのである。

 「我即神也」には、同時並行的に「人類即神也」が組み合わされている。
『人類すべての人々を人類即神也と受け止めることが出来た時、もはや自分の過去の一切の因縁は消滅したのである』(注3)。
自分自身のみならず人類すべての神性を見抜いた時、因果律が規定していた「人・場所・物・過去・出来事」が分解してしまうのである。
つまりシステムとしての因果律は働かず、「神語による神性顕現」「神の世界を現象世界に降ろすという現実世界の創造」が始まるのである。その創造のためには、チャクラが開かれることが必要であったのである。
 
「ワープする私」とか「因果律の強制終了」「神の世界を降ろす」というのはSF小説の話ではない。五井先生が、神人を養成するプロセスの中で、徐々に会員に体験させてきたのであった。神人たちは、知らない間に練習してきたのであった。これが五井先生の深謀遠慮のすごいところである。

 さあ、チャクラの開いた方々よ、どんどん神語を声に出して語りましょう。
“我々人類は、一人残らず、外見や表象、現象はどうであれ、神性そのもの、高貴にして神々しい、光り輝く神そのものである。我々人類はみな、輝かしい、神秘なる、無限なる光に支配されている。この光は、無限にして叡智に富み、まことに神々しいものである。我々人類の魂に刻印されているものはただ一つ、神性そのものである。我々人類はみな、無垢なまでに美しく、純粋にして気高き神意識を持つ者なのである。”(注3)


注1『白光への道』P142 注2 同左 P60    
注3 白光誌2001-8 原文には「我々」と言う文言はありません。  

***************************************************************
ピタゴラスさん 3/5

空間的な場所はそのままに、「私」という意識、つまり自己意識の座が、それまで考えもつかなかった本源の世界へ戻ってしまうことである。

消えてゆく姿で世界平和の祈りをすることで、本心と業想念が分かれ、
迷った自分以外に、自分の中に本心と繋がる場所があることを自覚し、
祈り心で生活すること(常に神様の御心と共に生きること)で人生は改善される。
ここまでが20世紀の霊性の開発・・・。

私がお祈りを始めた頃は、ちょうど我即神也の印が伝授されている時でした。
だから消えてゆく姿と我即神也を同時に学ぶことになりました。
私の場合、それが良かったと思います。
下から、天を目指して導く方法と、上から地を引っ張りあげるように導く方法、の両方を同時に学べたので、
本心と業想念を分けることと、我即神也 を受容することが一度に出来ました。
そして、
21世紀、神性顕現の時代、「神語による神性顕現」スタート

c0074000_2237899.jpg

自分自身のみならず人類すべての神性を見抜いた時、因果律が規定していた「人・場所・物・過去・出来事」が分解してしまうのである。つまりシステムとしての因果律は働かず、「神語による神性顕現」・・・・
我即神也イコール人類即神也 、
神意識の世界は、、神の成就した物、状況、出来事しか発生しない
果因律の世界、だから因果律は働かない・・・・・・?
分かったつもりだったけど、、、
まだ理解が浅いので、考えがぐらぐら揺れてしまう・・・・(;一_一) オロオロ・・・

神意識で創造するということは、もう時間も場所も意味がなくなるということ・・・? 
宇宙には時間も場所もなくて、円盤は場所から場所へ移動するのではなく、
目的の場に “存在する” ってことでしょうか?
うん、イメージが浮かんできた、因果律がまったく働かないのも納得。


「神語による神性顕現」「神の世界を現象世界に降ろすという現実世界の創造」が始まるのである。その創造のためには、チャクラが開かれることが必要であったのである。
そういうことだったのか・・・・。五井先生はすごい!!!
チャクラの開かれた意味・・・
自分には大きな使命、天命があることを、もっと自覚しないと・・いけません。

我即神也 人類即神也
c0074000_22322112.jpg

[PR]

by mppoe-light | 2010-03-05 22:37 | ピタゴラスさん啓示録から