余談なんですが・・・

幸子さんの本について書く前に・・・
ちょっと余談です☆

最近、mixiのコミュニティ で、モーツァルト、チャイコフスキーなど
コミュに入会しました。で、
どんな情報や やり取りがあるのかなー と遊びに出掛けてみましたところ、
モーツァルトのコミュの中で、
「ベートーベンとモーツァルト」 というテーマが取り上げてあり
みんなの意見が載ってました。

読んでいて思わず パソコンの前で吹き出して
笑いだしてしまいました。
↓同感だったので。。。

ベートーベンは中華料理 モーツアルトは精進料理 
ベートベンはしつこい モーツアルトは心地よい
ベートーヴェンは固焼きせんべい。 モーツァルトはパイ

ベートーベンファンの方には すみません。
人それぞれですから~、 
他に、
 「ベートーベンは奥深く、モーツァルトは薄い」 といった意見もあるのも、
承知した上でのことです。 私も若い頃は、ベートーベンの方が好きでした。
それが、30歳過ぎたころから、モーツァルト好きになってたんです。 
歳のせいなのか、どうなのか・・・???
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by mppoe-light | 2009-02-28 22:46 | どってことない話☆

「あるがままに生きる」から①

今月の由佳先生のお話から

「私たちを待っていた次のステップ(段階)は、”自らが
真理を現して生きることにより、今度は自らの未来を自ら掴み、
現していく”ということでした。
神なる姿を今生で現していくには、神である自分の生命を、概念で
知るだけではなく、限りなくこの世で現しつづける道を進んでいくことが
必要です。 もちろん、何を求めるのか、どのような未来を現していくのかは、
千差万別であります。」


光明思想はもちろんだけど、私の生き方としては
どんな風に神を現していけばいいかな・・・、
五井先生の講和CD をまた聞いてみようかな と思ってましたら、
ふと、足立幸子さんの本、「あるがままに生きる」を思い出しました。

足立幸子さんのことは、このブログでも何度か書いています。
 現在 幸子さんは、地球でのスタディを終えて、ご自分の星(プレアデス星団のタイゲタ星)へ
戻られ、そこで男性の科学者として大きな仕事をなさっているそうです。
お兄さんは 形態波動研究の足立育郎さんです。

本の中で、”波動をあげる3つの条件” という部分が目に留まったので
そのことについて少し書いてみようかなーと思います。
私たち祈りのメンバーは 祈り・印・呼吸法があるけれど、
幸子さんの本を読んでると、日常生活の中で波動を上げることが
楽しく、愉快な気持ちにもなってきます。

幸子さんのアドバイスに祈り・印をプラスすればもっと楽しくなるかも♪ 
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by mppoe-light | 2009-02-27 21:52 | 真理について思ったこと

撮影してみました☆

お店に寄ったついでに撮影してみました。
これ、
私のお人形たちです。8年くらい前から販売してます。
ネットでも販売しようかと思いましたが、
お人形は壊れ物、梱包に手が掛かりそうなので、
していません。
c0074000_14275978.jpg


背景が物足りない気がする・・・花でも飾ったほうが良いかも?
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by mppoe-light | 2009-02-22 14:34 | 人形作りの話

おっしゃるとおりー☆

何年も前のことですが、
その当時、読んだ本の中の言葉や、講演会で聞いたお話の言葉、などなど・・・
心にぐっときた言葉を、
いつもノートに書き留めていました。3冊あります。

”本心との対話”1~9 を書きながら、数年ぶりに読み返してみました。
読んでいて懐かしい気持ちになったり、今でもぐっとくる内容に 
「なるほど、そうかぁ~。」改めて納得したりしました。


バシャール から

すべての状況、すべての象徴というものは、本当は中立です。
そして中はからっぽです。それが あなたの目にどんなふうに映るとしても
ものの意味というのは関係ありません。
あなたがそれに意味を与えています。
あなた自身がこれを見たらこういうものだと信じろと言われてきたことを、
自動的に受け入れているのです。


はい、おっしゃるとおりですー。 (T T;)私はよく、
由佳先生が(だったと思うけど)以前、誌面で書かれたとおり 
外部の出来事に自動的に反応をしております。
不要な信念が潜んでいるのだと思います。(無限なる進歩!)

まわりに見ているものが嫌だとしたら、自分の中でそういうものを
信じているんだということが分かって、それを
変えるチャンスが目の前にあるのです。


それが分かっていても、なかなか変えられないのが、普通の人間・・・。
ですから、
日々の生活の中で、自己管理、自己改革できる五井先生、昌美先生の教えは
本当に有難いです。

神々様はすごいなとぁ思います・・・。 祈り、印、呼吸法は、子供からお年寄りまで
誰でも出来ます。自宅で一人でも取り組めるもの。 
神様は、最後の最後にものすごい物を降ろして下さっているのだと思います。
「求めよ されば与えられん!」 です。 無限なる感謝!
 ↑ これで良かったっけ?(^^;)

自分自身の波動が上がったとき、相手のその波動の部分(自分と同じように
高い波動の部分)としか、交流が出来なくなります。


目指しています、それを。 自分の抱える捉われから自分を解放し
もっと軽く、自由になりたいです。 
いえ、なります。 我即神也 成就!
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by mppoe-light | 2009-02-19 22:22 | 真理について思ったこと

本心との対話☆最終日記☆

「本体の中に入る、神様の御心と一つになることが統一ですよ」
「なんだかんだは後にして、ただ祈りましょう」

五井先生の言葉です。

今まで長い間、消えてゆく姿を消すことが難しく、試行錯誤を繰り返していました。
ある時は上手くいったり、またある時は失敗したり。

我即神也を受け入れ始め、
最近は、深く頭で考えないようにしています。・・ と言っても、いつも
ぼさーっとしてるのではないけど(笑)

心は、おしゃべり者です。余計な考えや判断を積み重ねては、
私の気持ちを揺さぶります。 
ネガティブな判断をしては、「それが絶対に正しいのだ!」
と言わんばかりに私に迫ってきます。 
だから・・・

今まで、あれこれ思考していたのを・・・
やめようと思います。

心を、頑固な頭からハート(胸)へ移します。そして
ハート(胸)から 世界平和の祈りが流れるようにイメージして祈ります。

「なんだかんだは後にして、ただ祈りましょう」

消えてゆく姿をやってるな・・・と気づいたら、それ以上何も考えず、
なにがなんでもド根性で思考を止めて 祈りや我即神也!と
言いながら、本体にへばりつく・・・です!(笑)

迷った頭で考えても、迷った答えしか出ないのだから、
まず諦めて、根性出して本心にしがみつく。 
後は守護の神霊におまかせして。

本心を信じ、あとは神様にまかせる。
五井先生の言われた
消えてゆく姿のやり方が少しずつ分かってきた気がします。

”本心に感謝し、さらに祈りを通して 
あなたの本心と語り合う時間を大切してください”

今年の指針の後半の言葉です。
この頃やっと、お祈りしながら 本心との距離が縮まってきたようです。

本心を受け入れる=自分を受け入れる→人を受け入れる
本心を信じる=自分を信じる→人を信じる
本心を愛す(合いす)=自分を愛す→人を愛す

本心を汚さないように、そして本心の光が私を通して流せるよう、
言葉、想念、行為に我即神也を顕現す 成就!

「人間は体験する神である」
白光誌に掲載された昌美先生の指針です。 好きな指針です。

「傷つくのを恐れることは、実際に傷つくよりもつらいものだと、おまえの心に言ってやるがよい。夢を追求しているときは、
心は決して傷つかない。それは、追求の一瞬一瞬が神との出会いであり、
永遠との出会いだからだ。」

アルケミスト から

指針の後半の言葉について思ったことを書き始めて、こんなに長くなってしまいました。
これで、本心との対話はおしまいです。
長い日記を読んで下さいまして有難うございました。 無限なる感謝☆ (^.^)v
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by mppoe-light | 2009-02-14 21:23 | 真理について思ったこと

本心との対話☆☆・・・Ⅷ

気をつけて意識的に生活しないと、心は安易な方へ、
いつも想いのクセの方へ簡単に流れてしまいます。

目の前の出来事に、簡単に心を持って行かれてしまうので、
祈り心で生活を送ることが大事だなぁ・・・、しみじみ思います。

ある日は、ものすごく晴れやかで
すべてが赦せ愛せる気持ちになった~と思えば、
翌日は、なぜか どよーんと曇り空になったり・・・(笑)


「我即神也」、 これは外に向かって言うのではなく、自分に向かって
言うもの。 自分への言霊。
消えてゆく姿があってこそ、我即神也が成り立ち、
我即神也があるから消えてゆく姿の教えが行なえる。

2年ほど前でしたか、、、
祈りながら真剣に自分に問いかけてみたことがありました。
自分が自分を「我即神也」である、と言い切ることが出来るか。
「我即神也」としての自分を心底受け入れられるか。

応えは否でした。 
昌美先生の教えのとおり、「我即神也」と宣言してはいたのですが、
正直な気持ち、私は受け入れていませんでした。

自分の気持ちをよく見てみると、 自分が神であることを赦さない
ものがありました。 何かが自分自身を覆っていて
不自由にしている気がしました。

「この覆っているものが無かったら、私はもっと軽く、自由に生きられるのにな・・・
これはなんだろう・・・?」 そう思いました。
私は神ではない、神であってはならない、神のはずがない・・・そんな気持ち。
正体は 自己否定、自己限定の想い
自分自身を否定し、疑い、限定する想念。

これが消えてゆく姿のもともとの正体なのかもしれません。

五井先生は著書の中で、 「人間はもともと悟っている」 と書かれた部分がありました。
また講和CDの中では、 「守護の神霊も分霊も、そもそも自分自身のこと。」 と言われました。

肉体人間の自分が、修行して悟ることで 
まったく新たな自分=我即神也に至る・・・のではなく、
もともと自分の中に悟った自分(本心)が内在している、
それを受け入れる。信じる。 
最終的にそれを100%自分のものとしてゆくプロセスが
消えてゆく姿のプロセスだと思いました。

そう考えたとき、私は初めて 「自分は神でいいのだ」、と
我即神也を受け入れ、認める気持ちになりました。
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by mppoe-light | 2009-02-10 23:51 | 真理について思ったこと

本心との対話☆☆・・・・Ⅶ

松尾みどりさんのお話は、毎回面白く、わかり易いものでした。
(現在も、みどりさんは全国各地を精力的に講演活動をなさって
います。)

私には、私個人の先入観、固定観念(いわば、信念or想いのクセ)があります。
それがフィルターのようなものとなり、そのフィルターを通して物事を見て、
思考し判断を下しています。
人それぞれフィルターが違うので、同じ人、同じ現象を観ても
人により受け取り方が違います。
それが、
「人は自分の心のように ものを見ます」 
「人は自分の心のように景色を見ます」
ということ。

自分の都合のいいように物事を見ては、判断しているのです。

自分の中の先入観、固定観念を覗くと、
自分独自の捉われ、恐れ、思い込み・・・・などネガティブなものがあります。
それがフィルターとなり、出来事を順次ネガティブに取り込むので、
その結果、転生しながら潜在意識にネガティブ業想念が積み重なる・・・
と私は考えました。

それまでは、”消えてゆく姿”の消す とは、自分の外側の出来事&それに
反応してしまった感情を消すことだけと思っていたのですが、 
それだけではなく、
そもそもすべての現象は、自分の心を映し出したものであって、
原因はすべて自分の内側によるものだ・・・と知ったとき、まず消すのは、
自分の中の、間違った先入観、固定観念であると思いました。

私の中で消すべき対象が明確になりました。

さらに、
みどりさんのお話で、自分の中のネガティブな感情をイメージで消す方法があり、
 それを世界平和の祈りと同時に行なうことにより、
実際に「消える、消えたんだ!」という実感が湧き始めました。

そのイメージで消す方法とは、

自分の中のネガティブな想い、捉われを黒雲だとすると、
それを7色のシャボン玉に包んで、青空に飛ばす、
青空の上空でシャボン玉は輝いて消えていく・・・というものです。

これは私にとって、やり易く効果的でした。今でも
時々やってます。(^_^)

私は、理屈っぽいタイプ、頑固な人間だったようです。
ですから、このような(ややこしい?)段階を踏まないと
五井先生の消えてゆく姿の意味が納得できなかったようです。

(・・って、「消えてゆく姿の教え」は、もっと深かったのですが(笑)

ともあれ、ここでやっと消えてゆく姿の
スタートラインに立つことが出来ました。

************************
まだ つづく・・・。

長い・・・今回で7回目だ・・・・。自分の本心について書くために
こんなに長くなってる。。。。 ※△□×%&#~~~!!
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by mppoe-light | 2009-02-06 21:10 | 真理について思ったこと

本心との対話☆☆・・・・Ⅵ

<松尾みどりさんのお話から>

******************************************************
人は自分の心のように ものを見ます
人は自分の心のように 景色を見ます

あたふたしないで息を吐く
自分の位置を認識すると やがてそこから
解放される

現実を見ることからすべての問題の解決が出来ます。
感情を解放するということは、宇宙の仕組み等を知ることも
大切ですが、あとは体験が大切なんです。

業(カルマ)とは、過去の学びを受け取ること

あらゆるものは経験を積むことによって、一つ一つ学ぶという
構造になっている
それぞれ必要があっての体験であると判った時に、
赦している
自分が自分に対していかにオープンになったかによって、
自動的に人を受け入れられるようになる

感情が出た、これで自分を知るチャンスがきた
逃げるも攻撃するも同じ、自分を見ようとしないところから始まっている
その感情がどこからきたのか見さえすれば、「ああなるほど」と認める

自分が良い悪いを決めて、それに当てはまらなければ
「嫌だ」と言っているだけ。ぜんぜん意味がないこと。


相手との関わりで初めて自分の内側で自分が何を求めていたか判る。
相手は自分を発見する協力をしてくれる
相手は相手の自由、自分で自分の存在を認めたとき
人を認められる

あなたが自分を認めない限りは、自分と言うものがありません。
(そうでなければ)生きている私が私で、私が神で、私が創造主ですべてを作っていると
いうことが素直に受け取れない

愛というのは存在である 存在を祝福する
私が私でよかった、私はここにいる!

一番大切なことは、あなたが生まれたということが、
パーフェクト、完全なのです。ここにいる ということが
嬉しいことなのです

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by mppoe-light | 2009-02-03 20:29 | 真理について思ったこと