カテゴリ:真理について思ったこと( 299 )

宣言文を読んで思うこと

生きる とは創造すること・・・と言うより 常に創造している と言うこと。

自分が、意識している、いないに関わらず、私は常に創造活動をしています。
どんな創造をするのかは 私に任されています。
もちろん私だけでなく、人類すべての人に任されている。 
世界は、任された私達のそれぞれの自由意思で選択、決定されたことが創造され現われている。

私の創造は、私の住む世界。私が自由意思で選択、決定した世界。
 私だけでなく、
Aさんの自由意思で選択、決定して創造したAさんの世界。
Bさんの自由意思で選択、決定して創造したBさんの世界・・・。
人それぞれの世界があります。 
どの世界も、天から与えられた創造力を使って、
天から任された自由意思によって選択、決定し創られた世界。

どの世界が正しくて、どの世界が間違っている とは言えないと思います。
なぜなら、
どんな人の世界も、宇宙神から与えられた能力を使って創造活動したものだから。 

ただ、違いがあるのは、  
神性意識から創られた、愛溢れる世界なのか、
それとも、 非神意識から創られた愛の乏しい世界か、、、と言うこと。

非神意識によって創造された世界は、宇宙神と人を切り離した思考から生まれたものだから、いずれは滅びゆく世界。 
非神意識で創造された世界は、本来の目的の創造とは言えない、
それは消えてゆく姿として処理されるもの。

宇宙の創造は、自由意思、自由選択、そして 自己責任。

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人類即神也 の宣言文を読んでいて、こんなことを思いました。

 宣言文の内容は、「人類は神であるのだから、 人類よ目覚めよ」 というのではなく、
人類の今の姿を、神である「私」はどう見るべきか、どのように対処すべきか
人類に 「○○しなさい」  というのではなく、
神である「私」は、どういうスタンスで今の人類や世界を見詰めていくべきか・・・・という内容になっています。
それは、我即神也を宣言し、顕現しようとしている者の宣言だと思います。
 
私が、語ること、思う事、表すことは、 人類が真理の目覚めることのみ。
故に、私は 神の存在そのものなり。
いかなる批判、非難、評価も下さず、それらに対して何ら一切関知せず。
人類一人一人に代わって「人類即神也」の印を組み続ける

人類を真理に目覚めさせるためには、 まず 神性を復活させた者が、
今の人類、世界の様相をどう認識して、何を表して行くのか。

私たちは宇宙神の子として生まれているのだから、
みな意識の深い部分ではつながっているのだから、個人の意思の響きが全体に波及しているはずです。
だから、一人一人が、我即神也を強く自覚して、神性顕現していくことが、人類の神性復活につながるのだ、・・・と思っています。

カルマを浄化して人類をサポートしながら、 でもそれだけではなく、
さらに 個々人がより高い神性意識を持つことが人類の目覚めに繋がるのだ・・・と思います。

人類即神也

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by mppoe-light | 2015-06-11 15:50 | 真理について思ったこと

越えたところにある真実の「私」


今、現実の世界を動かしているのは二元対立の考え方。それは有限の世界観、人間は非神であると言う誤った認識から創造されている世界。
本当は、それを越えたところに真理があるのに、人間は心を閉ざして、目に見える世界、有限の世界にばかり意識を集中して、すっかり本来の自分の姿(我即神也)を忘れてしまっている。。。 
そんな今の世界で生きながら、 今の世界を越えたところにある本物の真理を認め続けて生きるのは、やはりそれなりの努力、継続して意識的に生きることが必要なんだ・・・・と思います。
でもどんなに努力が必要だとしても、自分の本来の場所、自分のとっての安住の場、やすらぎ、癒し、平和の世界はそこにしかないのだから、 
だから求めます。我即神也 の「私」の場を。

我即神也の「私」の場は、すべて完璧、欠けたるものなし、大成就の場。
そしてそこでは「私」は、すべての人と繋がり、大自然とも一体となり、
世界が「私」そのもので、「私」が世界そのもの。

そんな「私」でありたくて、そんな美しい世界に住みたくて、 毎日の生活の
中で浮上してくるカルマ側の自分を、
消えてゆく姿として捨てて、意識を切り替えて、
その現実の上を見つめよう、そのカルマの上へ越えて行こう・・と、もがきながら、
自分自身と闘っている私です。 我即神也 人類即神也
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2015年 SOPP おめでとうございました。(●^o^●)
今年のSOPPは、プログラムの一つ一つが上手く繋がっていて、間延びせず最後まで流れるように進んでとても良かった・・・と思いました。その分、スタッフの方、裏方の方々の努力は大変だったのでは・・・と感じました。  素晴らしいSOPPだったと思います。
ありがとうございました。 
そして、昌美先生はSOPPを迎えるまで、きっと、とても厳しい(私たちの想像を超えるような)神事、神行を重ねてこられたのだと、由佳先生の閉会の涙ながらの挨拶から感じました。  
昌美先生が大指導者として先頭に立って下さるから、私たちは安心して、毎月富士で行われる様々な神事を行じていけるのだと思います。

あんな小さなお体で・・・世界平和の実現を担っている  
由佳先生の涙・・・家族として、娘として昌美先生を想う気持ちが溢れ出ているように感じられました。   月並みな言葉しか出てこないのですが・・・、
昌美先生、本当に本当にありがとうございます。

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by mppoe-light | 2015-05-25 22:54 | 真理について思ったこと

私の世界の唯一の決定者

「私」は私の世界の唯一の決定者である
「私」は私の世界の唯一の創造主である

「私」は宇宙神の御心を私の世界に顕します。

→”神性復活”

毎日、印を組む前に宣言をしています。 
この頃、宣言するたびに、この決定者であり、創造主という部分を
自分に言い聞かせています。

私は 本当の意味で、きちんと真理に基づいた決定をしているだろうか。。。

「私」は、私の世界のただ一人の決定者・・・それなのに、私ではなく、
世の中の常識、または、周囲の目 に自分の心が揺れ、左右された決定をしているのではないか・・と思いました。 それだけ “想いのクセ”“想いの習慣”は因縁因果のカルマに大きく傾いている・・・・という事なのですが・・。

たとえて言うなら  絵を描くとき・・・、 
「上手く描きたい、完成したら周りの評価が待っているから良い作品にしたい・・・・」
「高く評価されたら 売れるかも♪」

などなど・・ 「絵を描きたい」 と思う気持ちに、余計な思惑が重なってきます。

純粋に絵を描きたい 絵を描く というこの気持ちがいつの間にか、自分の気持ちではなく、周りの目に左右された気持ちで絵を描くことになってしまう。。。 

いったい、私は何のために生きているのか。過去のカルマを引き継ぎ、カルマを延長させた世界を創造するために私は此処に居るわけではないのに。

私の心は今、起こっている現実の何をとらえて、どう反応しているか・・・・それも選択。
怖れず、振り回されず、自分自身を信じて、真の決定をして行くべきなのだと思いました。 そのためにも もっと自分を赦し、自分を愛すること!

創造主として、選択・決定はつねに私に任されている。
なんてすごい能力を私たちは与えられているのか と思います。
神性復活 神性顕現
自分自身に誇りをもって 決定・創造していくべきなんだ・・・と思いました。


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by mppoe-light | 2015-04-28 00:12 | 真理について思ったこと

「こころ」

過去はない 消えてゆく姿だから。 
だから捉われてはいけない。摑んでしまってはいけない。放さなくては。
では・・・、
放した後、心は何処へ向けたらいいのか、 
現われた消えてゆく姿に、捉われず、摑まないようにした後も、心には、様々な想いが絶え間なく湧き上がってきます。

五井先生は 人間の、捉われた想いを放した後の、心の行き先を用意して下さいました。
「世界平和の祈り」 を用意して下さいました。
それは真の心(神性)と繋がる方法でした。

世界平和は神さまの御心。 その御心と一つになる、祈り。

本心に辿り着くこと、自我の私をすべて神さまにお返しして、本体そのものとなることは容易ではありませんが、 
世界平和の祈り 印 によって
本心とつながることが出来ます。
今どんなカルマの中にあっても、 消えてゆく姿で世界平和の祈りを実行することで、自分の内にある神性と繋がり、顕すことができます。

完全にカルマを浄め切らなくても、完全に「空」を体得していなくても、
本来は 我即神也 なのだから、神性とつながり、顕すことができる。

祈れる私は、光そのもの、真理そのもの、神の器そのものなり。

 
本心・・・本当の“こころ”   まだ “まことのこころ”の在り場所を知ることは出来ていないけど、 祈ること、印を組むことで、私は まことのこころと繋がり、顕すことが出来ている・・・・そう思うと、 世界平和の祈りの奥深さ、果因説の素晴らしさに感動する私です。

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“こころよ こころよ どこにいる
まことのこころよ どこにいる
探し求めて幾転生“

“私はこころの在り場所を
はじめてしっかり知りました
こころは天にありました
いのちの中にありました
光の中にありました
私の中にありました“

“こころは私でありました
 こころはいのちでありました
 こころは光でありました
 人と人をまんまろく
 天と地とをまっすぐに
 つなぐ光の波でした“


五井先生の 「こころ」  から





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by mppoe-light | 2015-04-10 22:30 | 真理について思ったこと

「意識即創造力」

今、いのちがここに届いている。
『私』と言う“いのち”が、この現象界の肉体の私のところまで光を降ろして、来ている
・・と思いました。 

今、『私』は、ここにいる。 
『私』の内には、創造するためのすべての要素、あふれ出る源泉があって、『私』という意識は、意思の力、信じる力を使って、自由に現象世界に神の完全性を顕すことができる。 

『私』は、ここにいる。
『私』は、素晴らしい。  『私』は世界を創造する者。

これは、あなたも、すべての人類も皆同じこと。 
人類の存在は、“いのち”が届いている証。
人類一人一人は、素晴らしく、気高く、 世界を創造する創造主。

<2013 白光誌6月号 法話 「意識は現実を創造する力」> から


意識は創造する力です。 意識は現実なのです。これをよく覚えていてください。
意識は現実なのです。自分が思ったことは必ず現実に映されるのです。これは宇宙子科学で証明されつつあります。

意識即創造力です。意識は創る力であり、自分が意識したものが現実に現われる。そして自分が創造したものは、必ず自分が体験することになるのです。

私たちは宇宙神の光の一筋です。宇宙神そのものが創造者であるならば、私たちも創造者なのです。
私たちは傍観者ではありません。受容者でもありません。創られる人でもありません。言いなりになる人でもないのです。
自らが創っていくのです。世の中を変えていくのです。自分で自分の人生を変え、病気を癒していくのです。
そのような創造者であるということです。


意識は素粒子レベルで伝わっているのです。 意識が素粒子に影響を与えるのです。


最後にもう一度申し上げます。 
皆様はまだ自分自身を本当に信じておらず、自分自身の力をまだ発揮されていません。私に後押しされて、こうして大勢でやると発揮できるのに、自分の部屋に帰り、家族や会社のネガティブな状況に触れると、その力があまり発揮できなくなる。
その無限なる力を発揮してください。すべては波動なのですから、あなた方の周りに全部届くのですから。

最後に自分に言い聞かせましょう。
 私は創造者! 私は宇宙神の一筋の光! 故に、
無限なる愛、無限なる創造、無限なる叡智、無限なる幸せ、無限なるエネルギー、
無限なる能力、無限なる可能性、無限なる成功、無限なる供給、無限なる健康、
無限なる治癒力、無限なる成就、 その創造者である。

 それらのエネルギーを通して創造者としての自分を発揮する。発揮する。


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by mppoe-light | 2015-03-28 11:45 | 真理について思ったこと

『消えてゆく姿』 ☆ 『過去はない』


最近  『過去はない』 と言う言葉が思い起こされます。

以前、昌美先生は 『過去はない』 とよく言われました。
その頃は まだ果因説の思考が身についていなかったので、
なんで・・・? と思っていました。(・_・;)

その後、白光ノート を何度も繰り返し読み、質問を重ねながら、少しずつ果因説を学んで行くうちに、 昌美先生の言われる『過去はない』が徐々に理解できるようになりました。 でも、それはまだ頭の中だけの理解でした・・☆

最近になって  『過去はない』 とは、実はこういう事だったのか・・・と思うようになりました。 今までは観念的な理解だったことに気が付きました。

過去はない。 あると思えるものは、すべて消えてゆく姿。
『私』には、過去はなく、カルマもない。


時間は過去・現在・未来へと流れ、
不完全なものを、時間をかけて努力を積み上げて、完成させる・・・
という、今まで当たり前だった発想、思考。
でも、真実はこれとは違う真理でした。
因縁因果が一時救済の真理なら、
『過去はない』は究極の真理。本来の真理・・・と思います。

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『過去はない』 という事を考えていると、
五井先生の 消えてゆく姿で世界平和の祈りの教え の奥の深さに
またまた驚いてしまいます。

消えてゆく姿は、これから真理を知ろうとする人を、優しく導くことが出来る教え。
そして、すでに学び進んでいる人を、さらに高い真理へ目覚めさせるために必要なもの。
そして、
もっと高い『究極の真理』の中でも欠かせない、重要な部分。

消えてゆく姿は、どのような意識の段階の人も、救済し、導くことのできる教え。
本物の真理は、すべての世界を貫いている、一貫している・・・。 
こんなこと考えていると、
五井先生の教えの素晴らしさ、愛の深さに、 またまた感動してしまう私です。

やっぱり五井先生、すごいっ!   

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by mppoe-light | 2015-03-20 22:24 | 真理について思ったこと

『私』 について

無限なる愛 無限なる叡智 無限なる平和・・・
すべては完璧 欠けたるものなし 大成就

毎日繰り返す言霊、 でもこれだけではどこか物足りない・・・? 他人事に思えるから?

五井先生は、如是我聞の中で
私、私、私は渡しだから、神様に渡してしまいなさい  (だったけ?)
と、言われました。 
この時の私は業想念の私。でも
神様に渡してしまった瞬間そこに現われるのは、我即神也、本心の『私』。


<私>という意識。 
<私>が世界を知覚している。だから、<私>が在るから世界が在る。

『私』は、我即神也 神性。 それは 無限なるもの、すべてのすべてを顕すことのできる宝庫を持っていて、常に完璧、欠けたるものなし、大成就

『私』からすべてが始まり、世界が展開している
だから 
『私』は、すべては完璧、欠けたるものなし、大成就であり、
『私』が、無限なるものを顕す。  (自己責任において)

『私』 


言霊を宣言する時、言霊の前に『私』は・・・を付け加えると、心に響きます。
説得力があると感じます。自分自身に対して。

また、
五井先生の「人間と真実の生き方」を 人間⇒私に変えて宣言しても
心に響くものがあります。 身が引き閉まる感じです。

「私と真実の生き方」
私は本来神の分御霊であって、業性ではなく・・
この世の中のすべての苦悩は、私の過去世から現在に至る・・・

私も人類も真の救いを体得できるものである


『私』は本来何者なのか・・・『私』は我即神也であるという自己認識。 
その『私』が世界を創造し、動かしている。
 
『私』の尊さと感謝を感じました。


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by mppoe-light | 2015-02-17 19:58 | 真理について思ったこと

新年おめでとうございます。

2015年 あけましておめでとうございます。
早速ですが、今年の新年の指針

“あなたの心は 
  実に自由になった“

でした。

とても簡潔な指針で、開けた時に
「ん?」(+_+)。。。。
・・・・・指針を見つめながら、しばらく固まってしまいました(笑)

消えてゆく姿の過去の私を放せるようになったから、このような指針が?
それとも、真理に素直になった から?
それとも、2015年の神聖宣言に入ったから・・・?

理由はさておき・・・( なんて、どんな理由も考える必要ないのかな。)


指針は守護神さまからのメッセージ

私はもともと 自由なのだ。無限なる自由で、何かに捉われることのない「私」
その「私」が厳然と在る。 
だからいつでも私は自分を赦し、過去を放して自分を愛することが出来るはず。
いつでも人を赦し、過去を放して人を愛することが出来るはず。
やれば出来る・・・ と言うこと。

私は自由なのだから。 「自由になった」と守護神さまが指針を通して言って下さったのだから、
そのことを自分に言い聞かせ、抱える過去を放し、心は前へ前へ、光の方へ向けること。

いつも私に向かって究極の真理が注がれていることを忘れないように。
真理は、いつも「すべては完璧、欠けたるものなし、大成就」 であるということ。
私はいつも与えらえているのだから、 それを受け取らなければ・・・。

「ありがとうございます。私は幸せです。」 (^-^)


今年の指針を見て、今こんな風に感じています。


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by mppoe-light | 2015-01-01 22:46 | 真理について思ったこと

「過去を放す」

 過去を放す

私には過去はない
あったようだけれど
宇宙神に通じる大河に流してしまった
すぐ放してしまった
放せば心の中から過去はすべて消え去っていった

失敗も挫折も苦しみも悲しみも
幸せも感動も成功も至福も
摑んだままには決してしない
何もかも放す!! 放す!! 思い切って放しつづける!!
私の意識は常に
今この瞬間を生ききること
明日に向かって永遠に続いている
この一瞬一瞬を見つめ
未来に意識を集中させることのみ

<インフィニット・ワーズ 2014年1月号 から>




毎瞬、毎瞬、究極の真理は 私に向かって流れてきていて
それは、常にすべて完璧、欠けたるもののない「私」
まるで未来から私に向かってやってくるみたい

摑んだままには決してしない
何もかも放す!! 放す!! 思い切って放しつづける!!

放した瞬間に訪れるのは、新しい「私」、究極の真理の「私」
どんな時でも、消えてゆく姿の私を放した瞬間、そこに在るのは(顕れるのは)、本来の「私」
私は無限なる新鮮、 放せば、一切の歪み、汚れのない、すべてが完璧な光り輝く「私」がそこに在る。

消えてゆく姿を摑まないで放す、思い切って放しつづける。 そのためには、
究極の真理 我即神也 を認め続ける。 すべては完璧、欠けたるものなし、大成就を心にインプットする。 

自分を磨き高め上げるための方法は、神行としてたくさん与えられています。
あとは、それらをどうやるのか、どこまでやるのか・・、自分次第。 
今の自分とどう向き合うか。今後、自分をどうしたいのか。
本当の自分を顕すことが天命、
それは私自身に任されている・・・☆

そう 思いました。

今年は、ちょっと真理から離れて、よそ見してることが多かったです。(>_<) ううぅっ
来年の新年の指針で、守護神さまから叱られるかも。。。。(・_・;)ぎくっ☆

我即神也  すべては完璧、欠けたるものなし、大成就

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by mppoe-light | 2014-12-17 19:53 | 真理について思ったこと

真妃先生のお話から・・・

12月白光誌 P45 HSK始業式
真妃先生のお話から

「自らの神性を輝かす選択、曇らす選択があります。世の中で、得をする選択をするのではなく、神性を輝かせる選択をしつづけることが私たちの課題なのだと思います。」

「善悪は神性とは何の関係もなく、過去の人類が創り上げてきた統計であります

善悪の枠に把われずに自分の中の神と一つになる選択をしていけるか、そのためには枠から出て自分の神性を顕すことだと思います。

枠を外して見ることが出来るか。また違う意見を受け止める大きな器になれるか。
そこが自分が神性とつながっていくトレーニングだと思うのです。」

「究極の選択というのは、自分と他人の神性を引き出す選択です。自他ともに神であるという確信を持った時、自分と人の神性同士がつながる意識で生きた時、今までとは全く違う関係が生まれます。

神性復活をするためには、いかに自らの神に確信を持てるか。それは日々の祈りで自分を深めてゆく行為の延長線上にあります。 
人生とは幸せだけではない。不幸とは暗闇の中にある自分の神性を考えられるチャンスなのです。」



善悪の枠。過去の人類の創り上げた枠。
それは きっと因縁因果の枠のこと。
その枠に把らわれず、枠から出て自分の中の神性をつかみ、顕す。
枠の中の現象は、消えてゆく姿であると断じて、意識は光の中へ。我即神也へ。
生き方は、因果説から果因説へ。
 
いかに自らの神に確信を持てるか。
神性復活は、日々の祈りで自分を深めてゆく行為の延長線上
に。


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by mppoe-light | 2014-12-02 21:51 | 真理について思ったこと