カテゴリ:真理について思ったこと( 317 )

Mt.富士☆


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昨日はよいお天気で、富士山も綺麗でした。 祈りの丘で写真を撮影♪
撮影後に写真を見て、黒い物を発見しました。 鳥?もしかして・・・?

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拡大してみました。

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この写真以外にも もう一枚、鳥の下に なんだか黒くて丸い物が。。

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これはUFOなのだ~っっ! と、言い張っている私です。 ぐふふ♪


講師養成コース終了し、 昨日、任命書を頂きました。昌美先生のご法話に感動し、感謝しました。
「私」という意識をしっかり持って、地に足をつけた生き方をしたいと思いました。

世界人類が平和でありますように  人類即神也

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by mppoe-light | 2016-12-12 15:29 | 真理について思ったこと

「天と地をつなぐ者」 から3)

“自由身への前進” の中で、霊側からのさまざまな問答の場面から

「人間世界の苦しみを救うにはどうすればよいのか?」

「人間の本体を知らせ、神の理念を知らせることです」

「他の人にはどう教えるのだ?」

「人間の本体が肉体にあるのではなく、神としてこの宇宙で自由自在に働いているのだから、自己の肉体的な業(カルマ)の想いでお願いするような卑屈な気持ちではなく、
自分の本体から宣言するような心で、世界人類の平和の祈りをしなさいと教えます。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

20数年前、初めて我即神也の印が降りた頃、
昌美先生は、我即神也の姿として黄金の天使像をイメージしなさい、というお話をされていたとように覚えています。
それを聞いた時、当時の私にはまったく想像できないものでした。しかし、「天と地をつなぐ者」を読み直し、五井先生が神我一体され、釈迦牟尼世尊と対面する場面を読んだとき、「このことか…!」、と思いました。

やはり本体はあるのです。神界に厳然と存在するのです。
肉体の「私」と神性の「私」は別々のようであるけれど、実は一つに繋がった「私」という意識であり、我即神也の宣言はそのことを言っているのだと思います。
今私は、神界の「私」を“黄金の天使像”としてイメージして祈るようにしています。


世界人類が平和でありますように 人類即神也
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by mppoe-light | 2016-12-04 21:54 | 真理について思ったこと

「天と地をつなぐ者」 から (2)

本文から

「自分だけが救われて、それでよいのなら、その頃の私の心境でも救われていた感じである。いわゆる仏教でいう往相の悟りになっていたのではなかろうか。
なぜならば、私自身としては、すべてに対して、なんの不足も不満もなく、天地宇宙に対して、ただただ感謝感謝の日々であったからである。神にまかせきった自由な心境であったのだ、
自己のための自己はもうすでにない気やすさは、そのまま還相として、人類世界の苦難、小さくは日本の苦悩を真正面に受けて立つ環境に自らをおかずにはいられない。
日本の苦しみは自分の苦しみであり、人類の悩みは、やはり自己につづいているのを、はっきりと感じるのである。
 自己はない。ない自己のおかれた立場は、日本であり、人類世界である。」


五井先生の気高さ、偉大さ!

自分を極め、内奥に入れば入るほど、「私」という意識は、大きくなり、日本・世界人類=「私」と感じるようになる・・・


日本のため、人類のため 自分の命を投げ出す・・・、としても、
そのためにその場限りで一度に命を投げ出し死ぬのはたいしたことではないのかも・・・と思いました。
それよりも、
この世界で肉体を器に生き、(肉体を持つということは、痛み苦しみを感じるということ。)どんな困難な状況になっても、人類を救うために(人間は本来神の分霊であることを知らせるために)全責任を持って働き続けて行くこと・・・
これは並大抵のことではない、と思います。

五井先生が神我一体され、神界にて釈迦牟尼世尊、イエスキリストと会われた時の五井先生の言葉から、責任の大きさ、重さが感じられ、心に突き刺さるようでした。

「光り輝く中から金色の十字架を背負ったイエスキリストが現われたとみるまに、私の体中に真向から突入してきて消えた。その時、“汝はキリストと同体なり”という声が、激しく耳に残った。
私のその朝の瞑想は、その声を耳底に残したまま終わってしまった。
私は深い感動というより、痛いほどの使命観を胸底深く感じていた。
そのことが単なる幻想でないことを私の魂が、はっきり知っていた。
“汝は今日より自由自在なり、天命を完うすべし” という内奥の声を、はっきり聞いていたからである。」

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by mppoe-light | 2016-12-02 22:25 | 真理について思ったこと

「天と地をつなぐ者」 から (1)

十数年ぶり・・・? いえ、20年ぶりかも
五井先生の「天と地をつなぐ者」を読みました。

五井先生の言葉が心に響きます。

本文から

「私にとって世界はすべて美しいのである。病気も、貧乏も、闘争も、すべては迷いの影であって、実際はないのであった。こうして生きている、ということだけで、ありがたくてありがたくて仕方がないのである。

“神様、ありがとうございます。ありがとうございます”こうした感謝に明け暮れている私だったのであったから、いつも明るい昂揚した様子をしていた。」

世界人類が平和でありますように

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by mppoe-light | 2016-12-01 22:09 | 真理について思ったこと

「私」の世界を成立させる☆

地球上の現象、出来事、常識、価値観、それが全部 人類の創造の産物。
その創造の基準は、
目に見える形のあるものが全てで、時間は過去、現在、未来と流れ、
正・負、善・悪で物事は判断され、評価される  というもの。

こんな基準、判断で、小さな地球から宇宙を眺めてみても、きっとそれは間違った宇宙像なんだろうな。。。なんて思いました。

「私」が、宇宙を大きく創造し発展させるために宇宙神から分かれた光の一筋の存在なのだから、私は自分を受け入れ、自分の価値を認めて行かなければならない と思いました。

自分自身を認め、愛してこそ、自分の真の世界が成立する気がします。私が認めたものが存在するのだから。 
自分の価値を認めず、愛さないと、心は“横取り”をし始めます。

自分の存在を、外部の評価、判断で委ねてしまい、自分自身の内側はどんどん空白になってしまう。空白になれば更に不安になり、ますます外側に自分を委ねてしまう。。。

自己否定をしてはいけない!  

否定すれば、自分の存在がなくなり、自分本来の真の世界もなくなり、ずっと因縁因果の回転の中に居続けることになってしまう。

無条件で自分を愛すること。無条件で自分の存在価値を認めること。 
それが「私」という意識を持っている者の本来の姿。

自分の世界を成立させ、広げていくために、
神性復活 をする。

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by mppoe-light | 2016-11-23 21:20 | 真理について思ったこと

私は何にでもなれるのかもしれない

 
本来、私は何にでもなれるのかもしれない。何にでもなっていくのかもしれない。

置かれた場に応じて、さまざまな「私」になれたらいいな、、と思いました。
大切なのは、その場が調和していて、美しい場になること。
究極の私の存在目的は、置かれた場を神聖な場にすること。(あくまでも究極の私ね(^_^;)
だから、突然上座に行く必要があるなら上座に、その直後、必要があるなら速やかに下座にも行く。

たとえば、
調和、平和と言う種を蒔き、それを育てるために、私は水になったり、太陽の日差しになったり、風にもなったり、雨にもなったり、
時には嫌な事、苦手な事にぶち当たって、エゴが不満を言うかもしれないけれど、
それは消えてゆく姿として処理し、
やがて調和、平和と言う果実が実ったら、みんなで分かち合い、みんな笑顔いっぱいで喜び合って祝福しあって・・・・(*^_^*)

故に、私個に関する一切の言葉、想念、行為に私心なし、自我なし、対立なし。すべては宇宙そのもの、光そのもの、神の存在そのものなり。

今、疲れていても、悩んでいても、本来の私=我即神也はそんなこととは一切関係なく、
今ここに在る神性=私は、疲れることもなく悩むこともなく、ただただ神の扉を開放しつつ、無限なるものを地上へ降ろすことを願っている。
扉はいつも開いている。



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2016.8.長崎
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by mppoe-light | 2016-09-13 21:11 | 真理について思ったこと

私という生命。

私という生命はいつもここに在ります。
だから安心して。私は光り輝く生命にいつも繋がっている。
私はいつも無限なるものに繋がっているから。 
生命は高貴で偉大で美しい。生命は宇宙神と繋がっていて、いつもいつも愛され、祝福されている。

私はすべてに満たされ、愛され、祝福され、燦然と輝く宇宙神とまったく一つに融け合う。

私が光り輝くと、世界も光輝いて見える。私が愛され祝福されていると信じると、世界も愛いっぱいであるんだ、、と思う。

本心の私は、地球上のすべての人を赦し愛してるはず。 私は本来、神の分霊だから。我即神也 だから。私は私の内奥で、すべての人を受け入れ、愛しているはず。

だから、置かれた場では、光り輝くような気持ちで物事にあたりたい。創造したい。
そう努力してやってみよう・・・と思いました。

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by mppoe-light | 2016-08-22 17:05 | 真理について思ったこと

20%の中に飛び込む


私の目は、意識は、想いは、何を摑んでいるのか。。。
批判、非難、評価をしている時、私の意識は肉体人間側の観念に偏っている時。

本体の、神性の私は消えてゆく姿を理解しているので、相手の、どのような様相を見ても、
相手の神性を認め、人類即神也を顕すためのプロセスとして受け入れます。

批判、非難、評価をするとき、私は私を愛していません。 私を信じていません。
それは自分の神性を疑っている時。光を見落としているとき。

心して、自分を磨き高め上げること。 
つまり、自分の内に神性があること、自分はもともと我即神也。宇宙神の光の子であると自覚すること。 
宇宙神の直系であることを認め、信じること。 
五井先生の言われる20%の中に飛び込むこと。

五井先生は人間は誕生した時から運命は80%決まっている。
あとの20%で運命を変えていく、と説いておられます。

その20%といのはどういうことかというと、20%の未知の世界がある、これから作り上げていく世界がある、というわけです。

 80%まっくらだけど、20%光がさすところがある。それを窓口として、跳躍台として、無限に自由自在の世界に出る、ということなのです。つまり、自分の生命体が自由自在になる、そういう窓口が20%開いていて、あとの80%はもう決まっているのだ、というわけです。その窓口から出ていけば、自由自在の世界に出られるのです。

因縁因果をこえた人というのは、因縁とはなんの関係もなく、自由自在に生命を生かしていける。そういう人間になる道が20%の光の道としてあるわけです。20%の自由性がある。

 その因縁因果の波をこえた自由性の20%のところにつながれば、悪い運命であったとしても、それをこえて自由自在の世界に出られるんだ、ということなのです。
「悠々とした生き方」より

五井先生は因縁因果のカルマを浄めて自由自在なる・・・とは仰っていません。
因縁因果をこえる・・・と言われています。

20%へむかって、祈りで飛び込む。 
そして、光の窓口が見つかり開いてきたので、
次はいよいよその窓口を使って、天から光を降ろす。
それは神性を顕現すること、因縁因果の過去を超えた、新しい世界、神性世界を地上に創造すること。

光を通すことで、どんどんそれは広がる。 どんどん強い光が降りる。
光の道をつかみさえすれば、過去もない、カルマもない。

五井先生、昌美先生 ありがとうございます。
我即神也 人類即神也


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by mppoe-light | 2016-08-20 17:00 | 真理について思ったこと

人類即神也の宣言文

人類即神也の宣言文を読み、終わりの部分を読みながら思いました。
これって、創造する事を宣言しているのだな…と。

いかなる批判、非難、評価も下さず、それらに対して何ら一切関知せず

なぜなら、それらはすべて消えてゆく姿だから。だから関知しない、認めない。
それらは本物の姿ではない、実在ではない。

創造力を持つ私たちの意識は、消えてゆく姿を掴んではいけない、本物と認めてはいけない。
認めるべきは、我即神也、人類即神也
そうすれば、私たちの意識は、神性顕現へと創造力を使っていることになる

人類一人一人に代わって「人類即神也」の印を組み続けるのである

それは地上天国のための創造、浄めてカルマを一掃してから地上天国がやって来るのではなく、
カルマは消えてゆく姿として処理し、私たちは天から頂き直す。
神の世界を地上に創造する。

そう思って宣言文を読みました。

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by mppoe-light | 2016-07-23 21:21 | 真理について思ったこと

本来の生き方

今まで、私達は偽の自分を生きていて、偽物の人生を生きながら、偽物の世界を創り上げてきました。
それがこの世界のすべてだと思い込んで。
偽物の世界で生きることが最も重要だと思い込んでいるから、心はいつも現象世界の動きにとらわれる。
いつも過去、未来へ流れていく。

でも、真実は、今の世界は色即是空 ということ。 
実は、本物ではなく、偽物の世界であって、
本当に私たちが“生きること” とは、
今の現実は幻だと気づき、そこから目覚めること。
そして自分が何者であるのかを正しく認識すること。 
そして認識したら、本来の生き方に修正すること。
本来の生き方は、空即是色 の生き方。
神性復活、神性顕現の生き方。

先日の富士の行事で5次元が開いたとのこと。
神性復活からいよいよ神性顕現の道が本格的に開かれた・・・それが、5次元が開いた、ということなのか。。。。 まだ私達にはわからないけれど、
いよいよ人類の、地上天国への扉が開いたんだ ・・・と思いました。
人類即神也


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by mppoe-light | 2016-07-06 15:40 | 真理について思ったこと