カテゴリ:真理について思ったこと( 317 )

「あるがままに・・・」を読んで

どんな問題も すべては自分の想いから始まっているのだから、
自分の中の神性 <我即神也>を
受け入れることで解決出来るのだと思っています。
我即神也に達すれば、すべての葛藤は一気に手放せるはず。
(もう回り道しないで、ダイレクトに自分の神性を認めれば
いい♪)

幸子さんの本の内容を①~⑥まで書いてみましたが、
本を読んだだけで内容そのままをすぐに実行出来るのか・・・と言われれば 
それはちょっと難しい☆
人間の抱える ”神から離れた想い” は、手強いものです。。(無限なる成功!)

本を読んで頭では分かっても、心が納得しなければ人間の生き方は変わりません。
上辺だけ取り繕っても いつかは無理がきます。

ですから、幸子さんのような良い本を読んだ時ほど、 
自分には祈り、印、呼吸法があるから出来る・・・!と思い
とても嬉しくなります。
日常生活で着実に意識改革できる方法だからです。 
無限なる感謝です。

今、幸子さんの作品は、展示会で展示されたり、グッズとして販売されています。
お名前もエンジェル・サチとして多くの人に親しまれています。
でもその様子は、
「他への依存を捨て、自立の時がやってきた  もうグッズはいらない!」 とおっしゃった幸子さんの気持ちとは少々違う気がします。
幸子さんを慕う方たちは、意識改革することより幸子さんの作品に触れて
いることの方が重要なのかなぁ・・・と余計なことを思ったりします。

昔から、宗教団体ってこんな風に生まれたのかなぁ・・・ 

指導者の教える真理ではなく、その指導者に夢中になり、
さらに 師事する指導者が有名になると、それだけで自分達も
世の中から認められた気持ちになってしまう・・・??? 
なんてね。

無限なる正しさ! 無限なる進歩!
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by mppoe-light | 2009-03-19 19:23 | 真理について思ったこと

「あるがままに生きる」から ⑥

もともと私は宗教というものが大の苦手で、育った家庭も
宗教とは無縁で、「宗教はダメ!!」という考えの両親の中で育ちました。
そんな私が五井先生の写真を見て入会を決めた白光という宗教法人。

白光という団体の目的は 個人の平安と人類の平和の実現、
個人の神性を顕現させ、人類を真理に導く活動を行なうことです。

もちろん白光以外にも世界には 意識改革・意識の次元上昇を導いている
精神指導者の方が存在します。

幸子さんの次のお話を読んでいて、
私は確認することになりました。
今の自分と白光の関係を。

他への依存を捨て、自立の時がやってきた
  もうグッズはいらない!

これからが、本番ですから。
今までの私達は、リハーサルの時代だったのです。
例えば、お芝居のリハーサルの時なら、セリフを忘れても人に聞けますよね。
ところが本番になってしまったら、一人一人自分のことで精一杯ですから、
人になんて聞けないのです。
ですから本番になってしまったら、自分にしか頼れないのですよね。
今は、そういう時代にきています。

ですからもう依存は出来ない、自立の時が遂に来たわけです。
全部自分に聞くしかありません。

「みんな一人一人の奥深くに《神》がいるんだ。一人一人が《神》なんだ」
ということに気づいたら、もう自分以外にたよる存在を求めなくなりますから、
いずれ宗教はなくなりますよね。
(略)
それで宗教団体に入っておられる方に「いずれ宗教は無くなるのですよ」と
言っているのですが、皆さん「そうですね」と言いながらもおやめにならないのです。
その方達は、わかっているのだけれど一人になるのが恐いのです。

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by mppoe-light | 2009-03-14 21:28 | 真理について思ったこと

「あるがままに生きる」から ⑤

すべての現象はあなたが出している波動に同調して来る
基本的には、こういうことなのです。
全てのものは、みんな波動を出しています。
そうしますと自分から出ている波動と同じ波動のものが
同調して、自分の方に引き寄せられるわけです。
こういうことで「自分に出来ないことが来るはずがない」と
言っているのですね。

自分の器に相応しいものしか、来れないのです。
ですから何か思った瞬間に、その内容の波動が出るのです。
自分から出た波動と同じ波動のものを同調して引き寄せるのですから、
これが分かりますと、否定的なことは恐くていっさい思えなくなりますね。

よく「私はこの頃良いことが全然無い」とおっしゃる方がおられるのですが、
これはご自分がそういう波動を出しておられるから、同じ波動の状況を
引き寄せているだけですので、いっさい人のせいには出来ないのです。

勝手に向こうから悪いことが来るように言われる方が多いのですが、
とんでもない話で、全部ご自分の責任です。
自分の中にない波動を引き寄せるわけがないのです。
(略)
ご自分と同じ波動を必ず持っている人が寄ってくるのですから、
回りの人は全員ご自分の鏡なのですね。
このように、自分から出ている波動と同じものを引き寄せて
いるのですから、世の中で起こることは全部自分のせいで、
いっさい人のせいには出来ないということです。

今まで出会った方は全部、ご自分が何かを味わう必要があって
引き寄せられたわけですから、誰のせいにも出来ませんね。

政治家が悪い、財界が悪い、あれが悪いこれが悪い・・・と
多くの人が自分の不満を外側の誰かにぶつけています。
そうしなければ 自分達の苦しみ辛さ、無力感を
直視出来ないのだなあ・・・ と思います。
無限なる強さ 無限なる光明
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by mppoe-light | 2009-03-12 22:35 | 真理について思ったこと

「あるがままに生きる」から ④

波動をあげる3つの条件
3)深い部分の自分(神我、真我、本当の自分)が望んでいることを
やる

本当にやりたいことをしている人は、生き生きとして輝いていますね。
《深い部分の自分》が本当に望んでいることを見つけますと、波動はどんどん
あがってしまいます。

このお話で幸子さんは、 <ひらめきを即行動に移す> ということを
ご自分の体験談を話しながら説明されていました。
この部分はそれほどピンと来ない話だったのでカット☆☆

深い部分の自分(内なる神)の望むことは・・・、
私たち地球上の人類すべては 自分の中の神を発見し、それを顕現することが
(内なる神の)大いなる目的、使命だと思っています。 内なる神 を宝物だとすれば
人生は大いなる宝探しの旅とも受け取れます。
(私はそういう表現が好きです♪(^_^)♪

人生の中で辛い問題に遭遇したとき、自分は不幸でかわいそうな人間だ・・・と、
人生の被害者となって生きるのか、それとも
大いなる宝(神)を探求するため様々な試練を乗り越える
大冒険者として生きるのか・・・。
自分の想い方、選び方次第で人生は大きく分かれます。

真理を探求する冒険者になれば、人生での様々な困難に遭遇しても
その体験はすべて自分の財産になります、さらに
毎日、意識的に生きれば いろいろな発見、気づきがあります。 
なぜなら
この世界すべては 神の表現だから。
そして
神の表現を感じ取り、さらに新しい創造をすることで神の表現を進化させるのは
私たち神の子。
我即神也 成就 人類即神也
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by mppoe-light | 2009-03-11 19:38 | 真理について思ったこと

「あるがままに生きる」から③

波動をあげる3つの条件
2)行動に移す

波動をあげる為に大事なことの二つ目は、《行動に移す》ということです。
ただ頭で考えている方は、これからダメなのですね。
知識があって頭で考えているだけの方は、これからどんどん時代の流れに
置いていかれます。
とにかく「行動に移したり、表現する」ということが、大変大事になってきます。
形に表わしたり、言葉に出すことも表現しているわけですね。
(略)
よく全然行動に移さないで「私にもエネルギーが入ってこないかなあ」と言っている
人がおられますが、ただ待っているだけでは入ってきませんよ。

古いエネルギーを肉体の部分によどましておいて「新しいエネルギーが入ってこい」と言っても無理ですから、
どんどん行動に移して表現していって、常にカラッポにしておけば、《おおもと》からどんどんエネルギーが入ってくるのです。《おおもと》には無限のエネルギーがあるのですから、流せば流すほどいくらでも入ってきます。
なるほどなぁ と思います。

我即神也と人類即神也はいつもセットです。
エネルギーはいつも循環させることが重要。
呼吸法をしていると、
呼吸を繰り返すことで、宇宙と同調、共鳴しているのでは・・・と思います。
呼吸法で宇宙の循環しているエネルギーと同調することで、
「私」を媒体にして、3次元の世界へ純粋なエネルギーを降ろしている・・・ 
と思ったりします。 
一人ひとりの目覚めた者の「個」の力が全体を動かすんだなあ・・。
「個にして全」 幸子さんの言葉です。
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by mppoe-light | 2009-03-07 23:19 | 真理について思ったこと

「あるがままに生きる」から ②

幸子さんの本「あるがままに生きる」を読み直しました。
”波動を上げる3つの条件” からお話は発展し、
直感の時代・宇宙との調和度・自立の時がやってきた・無限の可能性を求めて ・・・・と
分かり易く楽しい内容でした☆
その中から、今の自分の気持ちに合った部分を少し書いてみようと思います。 

波動をあげる3つの条件
1)あらゆるこだわりを取り除く
一つは、<あらゆるこだわりを取り除く>ことですね。
お金に対する執着、物に対する執着など、あらゆる こだわり を
どんどん取り除いていくのです。 欲は全部捨てる必要はないと思います。
(略)
肉体がある以上、現実に生活して生きていかなければいけないのですから、
生きていく上の最低の欲はあっていいと思います。
ですから欲は捨てる必要はなくて、コントロール出来るようにすればいいわけです。
<必要なだけあればいい>という生き方に、全員がなればいいのです。

必要なだけ・・・・簡単そうですが、必要なだけあればいい・・・・と言って、
現在あるものまで、そう簡単には手放せない私ですが(笑)
もし、私の中の欲が私の進化を遅らせるのなら、
守護の神霊の方々が、手放さなくてはならない状況を用意されるのかも。
その時は、泣く泣く・・・いえ無限なる感謝で手放すようにせねば~。(^_^;)
でも、なるべくそうならないで欲しい~。(笑)
無限なる供給!無限なる成功!

波動があがって、より深い部分からの情報が入るようになりますと、
ひらめき がどんどん多くなります。
《おおもと》から情報に従って表現すると、今までの地球上の常識では
考えられないことが表現できるのです。
これからは肉体を持ったまま、《神》を表現する時代に入ってきています。
《神》は波動エネルギーですから、《おおもと》の波動エネルギーを、肉体を
持った自分が地球上で表現する(形に表す)わけですね。
私は絵で《神を顕現》しています。
ですからどうってことないですし、特別になるわけでもないのです。
細かい波動を、地球上で、普通に、ご自分のお仕事やご趣味などで、
ただただ表現する・形に表わす  これが、《神を顕現》するということなのです。


自分の中に 神 があることを受け入れないと
《おおもと》(本体・本心)からの無限のエネルギーを肉体を通して表現することは出来ません。
つまり自分自身を信じること。
我即神也を信じることが大切なのだ と思いました。

我即神也 成就 人類即神也
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by mppoe-light | 2009-03-05 19:33 | 真理について思ったこと

「あるがままに生きる」から①

今月の由佳先生のお話から

「私たちを待っていた次のステップ(段階)は、”自らが
真理を現して生きることにより、今度は自らの未来を自ら掴み、
現していく”ということでした。
神なる姿を今生で現していくには、神である自分の生命を、概念で
知るだけではなく、限りなくこの世で現しつづける道を進んでいくことが
必要です。 もちろん、何を求めるのか、どのような未来を現していくのかは、
千差万別であります。」


光明思想はもちろんだけど、私の生き方としては
どんな風に神を現していけばいいかな・・・、
五井先生の講和CD をまた聞いてみようかな と思ってましたら、
ふと、足立幸子さんの本、「あるがままに生きる」を思い出しました。

足立幸子さんのことは、このブログでも何度か書いています。
 現在 幸子さんは、地球でのスタディを終えて、ご自分の星(プレアデス星団のタイゲタ星)へ
戻られ、そこで男性の科学者として大きな仕事をなさっているそうです。
お兄さんは 形態波動研究の足立育郎さんです。

本の中で、”波動をあげる3つの条件” という部分が目に留まったので
そのことについて少し書いてみようかなーと思います。
私たち祈りのメンバーは 祈り・印・呼吸法があるけれど、
幸子さんの本を読んでると、日常生活の中で波動を上げることが
楽しく、愉快な気持ちにもなってきます。

幸子さんのアドバイスに祈り・印をプラスすればもっと楽しくなるかも♪ 
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by mppoe-light | 2009-02-27 21:52 | 真理について思ったこと

おっしゃるとおりー☆

何年も前のことですが、
その当時、読んだ本の中の言葉や、講演会で聞いたお話の言葉、などなど・・・
心にぐっときた言葉を、
いつもノートに書き留めていました。3冊あります。

”本心との対話”1~9 を書きながら、数年ぶりに読み返してみました。
読んでいて懐かしい気持ちになったり、今でもぐっとくる内容に 
「なるほど、そうかぁ~。」改めて納得したりしました。


バシャール から

すべての状況、すべての象徴というものは、本当は中立です。
そして中はからっぽです。それが あなたの目にどんなふうに映るとしても
ものの意味というのは関係ありません。
あなたがそれに意味を与えています。
あなた自身がこれを見たらこういうものだと信じろと言われてきたことを、
自動的に受け入れているのです。


はい、おっしゃるとおりですー。 (T T;)私はよく、
由佳先生が(だったと思うけど)以前、誌面で書かれたとおり 
外部の出来事に自動的に反応をしております。
不要な信念が潜んでいるのだと思います。(無限なる進歩!)

まわりに見ているものが嫌だとしたら、自分の中でそういうものを
信じているんだということが分かって、それを
変えるチャンスが目の前にあるのです。


それが分かっていても、なかなか変えられないのが、普通の人間・・・。
ですから、
日々の生活の中で、自己管理、自己改革できる五井先生、昌美先生の教えは
本当に有難いです。

神々様はすごいなとぁ思います・・・。 祈り、印、呼吸法は、子供からお年寄りまで
誰でも出来ます。自宅で一人でも取り組めるもの。 
神様は、最後の最後にものすごい物を降ろして下さっているのだと思います。
「求めよ されば与えられん!」 です。 無限なる感謝!
 ↑ これで良かったっけ?(^^;)

自分自身の波動が上がったとき、相手のその波動の部分(自分と同じように
高い波動の部分)としか、交流が出来なくなります。


目指しています、それを。 自分の抱える捉われから自分を解放し
もっと軽く、自由になりたいです。 
いえ、なります。 我即神也 成就!
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by mppoe-light | 2009-02-19 22:22 | 真理について思ったこと

本心との対話☆最終日記☆

「本体の中に入る、神様の御心と一つになることが統一ですよ」
「なんだかんだは後にして、ただ祈りましょう」

五井先生の言葉です。

今まで長い間、消えてゆく姿を消すことが難しく、試行錯誤を繰り返していました。
ある時は上手くいったり、またある時は失敗したり。

我即神也を受け入れ始め、
最近は、深く頭で考えないようにしています。・・ と言っても、いつも
ぼさーっとしてるのではないけど(笑)

心は、おしゃべり者です。余計な考えや判断を積み重ねては、
私の気持ちを揺さぶります。 
ネガティブな判断をしては、「それが絶対に正しいのだ!」
と言わんばかりに私に迫ってきます。 
だから・・・

今まで、あれこれ思考していたのを・・・
やめようと思います。

心を、頑固な頭からハート(胸)へ移します。そして
ハート(胸)から 世界平和の祈りが流れるようにイメージして祈ります。

「なんだかんだは後にして、ただ祈りましょう」

消えてゆく姿をやってるな・・・と気づいたら、それ以上何も考えず、
なにがなんでもド根性で思考を止めて 祈りや我即神也!と
言いながら、本体にへばりつく・・・です!(笑)

迷った頭で考えても、迷った答えしか出ないのだから、
まず諦めて、根性出して本心にしがみつく。 
後は守護の神霊におまかせして。

本心を信じ、あとは神様にまかせる。
五井先生の言われた
消えてゆく姿のやり方が少しずつ分かってきた気がします。

”本心に感謝し、さらに祈りを通して 
あなたの本心と語り合う時間を大切してください”

今年の指針の後半の言葉です。
この頃やっと、お祈りしながら 本心との距離が縮まってきたようです。

本心を受け入れる=自分を受け入れる→人を受け入れる
本心を信じる=自分を信じる→人を信じる
本心を愛す(合いす)=自分を愛す→人を愛す

本心を汚さないように、そして本心の光が私を通して流せるよう、
言葉、想念、行為に我即神也を顕現す 成就!

「人間は体験する神である」
白光誌に掲載された昌美先生の指針です。 好きな指針です。

「傷つくのを恐れることは、実際に傷つくよりもつらいものだと、おまえの心に言ってやるがよい。夢を追求しているときは、
心は決して傷つかない。それは、追求の一瞬一瞬が神との出会いであり、
永遠との出会いだからだ。」

アルケミスト から

指針の後半の言葉について思ったことを書き始めて、こんなに長くなってしまいました。
これで、本心との対話はおしまいです。
長い日記を読んで下さいまして有難うございました。 無限なる感謝☆ (^.^)v
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by mppoe-light | 2009-02-14 21:23 | 真理について思ったこと

本心との対話☆☆・・・Ⅷ

気をつけて意識的に生活しないと、心は安易な方へ、
いつも想いのクセの方へ簡単に流れてしまいます。

目の前の出来事に、簡単に心を持って行かれてしまうので、
祈り心で生活を送ることが大事だなぁ・・・、しみじみ思います。

ある日は、ものすごく晴れやかで
すべてが赦せ愛せる気持ちになった~と思えば、
翌日は、なぜか どよーんと曇り空になったり・・・(笑)


「我即神也」、 これは外に向かって言うのではなく、自分に向かって
言うもの。 自分への言霊。
消えてゆく姿があってこそ、我即神也が成り立ち、
我即神也があるから消えてゆく姿の教えが行なえる。

2年ほど前でしたか、、、
祈りながら真剣に自分に問いかけてみたことがありました。
自分が自分を「我即神也」である、と言い切ることが出来るか。
「我即神也」としての自分を心底受け入れられるか。

応えは否でした。 
昌美先生の教えのとおり、「我即神也」と宣言してはいたのですが、
正直な気持ち、私は受け入れていませんでした。

自分の気持ちをよく見てみると、 自分が神であることを赦さない
ものがありました。 何かが自分自身を覆っていて
不自由にしている気がしました。

「この覆っているものが無かったら、私はもっと軽く、自由に生きられるのにな・・・
これはなんだろう・・・?」 そう思いました。
私は神ではない、神であってはならない、神のはずがない・・・そんな気持ち。
正体は 自己否定、自己限定の想い
自分自身を否定し、疑い、限定する想念。

これが消えてゆく姿のもともとの正体なのかもしれません。

五井先生は著書の中で、 「人間はもともと悟っている」 と書かれた部分がありました。
また講和CDの中では、 「守護の神霊も分霊も、そもそも自分自身のこと。」 と言われました。

肉体人間の自分が、修行して悟ることで 
まったく新たな自分=我即神也に至る・・・のではなく、
もともと自分の中に悟った自分(本心)が内在している、
それを受け入れる。信じる。 
最終的にそれを100%自分のものとしてゆくプロセスが
消えてゆく姿のプロセスだと思いました。

そう考えたとき、私は初めて 「自分は神でいいのだ」、と
我即神也を受け入れ、認める気持ちになりました。
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by mppoe-light | 2009-02-10 23:51 | 真理について思ったこと