カテゴリ:真理について思ったこと( 314 )

二度とない「今」

昨日はお祈りの会でした。 いつもと同じメンバーで同じプログラムでお祈り、印、宣言などを行いました。 
2週間後の木曜日にまた同じように集まり、同じプラグラムでお祈りします。


昨日のお祈りの会と2週間後の会は、今まで通り同じメンバーで同じことをするのですが、

でも、違う。 昨日の祈りの会はもう二度とないのです。

2週間後におとずれる祈りの会は、新しい別の祈りの会なっているはずです。



毎回同じことをするのだから、、結局は同じことじゃないか・・・
同じでいいじゃないか、と思われますが、 そうではない気がします。


「今」というと分かりにくいから、「場」にします。

人類の創造力によって、瞬間、瞬間、「場」が創られています。

「場」でも分かりにくいなら、「世界」にします。


「世界」は点滅するように顕れては滅し・・を繰り返し、その連続が

私達には物質として、そして連続する現象として見えている。
(と思っています。)

だから、

本当の「今」はこの瞬間だけ。 次の瞬間は別の新しい「今」がやってくる。

だから、

この瞬間を大切にしなくては、この貴重な今を大切にしたい・・・と思いました。


「今」をつかまえれば、過去を振り返ることは出来ません。過去から解放されます。過去から自分を切り離すことができます。



「今」は神性につながる道、すべては完璧、欠けたるものなし、大成就に繋がる道だと思っています。


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by mppoe-light | 2017-06-23 22:28 | 真理について思ったこと

シュタイナーの本を読んで。。


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本文から・・・

修行者は自分の思考と感情が世界に対して自分の行為と同じ意味を持つ、という立場に立てなければならない。誰かを憎むなら、すでにそれだけで、なぐるのと同じ被害をその人に与えている。このことが認識できるなら、

私が自分自身を完成させようとする努力が、私ひとりのためではなく、世界のためでもある、という認識に到るであろう。

世界は私の純粋な感情や思考から、私の善行からと同じ利益を受けとるだろう。



個人の内面世界の、この世界的意味を信じることができぬ間は、神秘修行者となる資格がない。

自分の魂に対して、それが外界の事象と同じ現実的な力を持っているという前提のもとに修行を続けるとき、私は自分の内なる魂が何を意味しているかを、はじめて真に確信できるのである。私は自分の感情が手の働きと同じ効力を持つことを認めざるをえなくなる。




法友Kさんに借りて読んでいます。読み始めは、分かりにくくてすぐ眠くなりましたが(笑)、読み進むうちに徐々に読めるようになってきました。



「私が自分自身を完成させようとする努力が、私ひとりのためではなく、世界のためでもある、という認識に到るであろう。」


神性復活・顕現は、個人人類同時成道! 

<思わず思わせるだけの自分を磨き高め上げ(自己認識・意識を上げ)、神そのものとなるのである。>
 


そのためのツールは充分与えられています。 祈り、印、呼吸法、マンダラ・・・で。
やはり五井先生、昌美先生のご指導は素晴らしい!




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by mppoe-light | 2017-06-20 20:59 | 真理について思ったこと

一旦 離れる

一旦 離れる

心がざわざわ・・・気持ちが我即神也に絞れない、焦点が合わず、ピンボケしたような状態。

そんな時は、一旦、離れること。

何から離れるのかというと............

現実の生活、日常の出来事、さらには世界の状況に向けられている心を静止して、形の世界から一旦離れる。そして今の「私」戻る。



戻るとほっとします。 

心が安定し、穏やかで平安で幸せな気持ちが広がります。

そうやって新しい自分を頂き直して、現実生活、日常の出来事を改めて取り組めばいいのだと思います。



祈り、印、言霊は有り難いです。 自分で自分の荷物や汚れを払い、新しい命(私)を頂き直せます。 

もちろん常に瞬旬刻々、天から新しい生命が注がれているのですが、長い間、形の世界こそが本物だと思う習慣が、本来の自分を忘れさせてしまいます。

だから、祈り、印、言霊はありがたいです。 守護霊、守護神さまを呼べることもありがたいです。


その、休みなく天から送られる生命(私)には、無限なるものすべてが含まれているのですが、固定観念に阻まれ、受け取りそこなっています。

ボーダーを超えなければ。

すべては完璧、欠けたるものなし、大成就



私達は大成就を受け取るに相応しい存在。受け取るのは当然のこと。

なぜなら私たちは神の分霊、宇宙神とつながる純粋な神の子。


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by mppoe-light | 2017-05-28 16:29 | 真理について思ったこと

相手の「今」を観る

相手の「今」を観る

そう心掛けたい・・・と思います。

「我即神也 人類即神也」 そう宣言しているのだから、どんな人の奥にも神性がある、その神性を見つめ、認め、相手を受け入れるようになりたい。

そう思っています。

けれど、実際には難しいものです。 特に、身近な相手となると・・

難しいです。

過去に見た相手の嫌な部分、苦手な部分、嫌な想いをした経験が、今、神性を見つめ、受け入れようとするのを邪魔します。

昨日の事でした、スーパーから帰り、台所で買ったばかりの食材を整理しながら、Aさんのことが思い浮かびました。 どうやったらAさんのことを愛せるのだろうか。。。そう思った瞬間、 心の中に 「Aさんは神だ」という言葉が飛び込んできました。 

「ああそうだっ Aさんは神なんだ!」

と思ったら、あっという間に心いっぱいにAさんを愛する気持ちが湧き上がってきました。

それは以前、ハートのチャクラが開いた時に感じた気持ちと同じでした。



私はAさんが神そのものであることを分かっている、

私はAさんを愛しています。



しばらくするとその気持ちは収まってしまいましたが(笑)



でも、気が付いたことがありました。 

本物のAさんは過去にはいない、

本当のAさんは「今」にいる。 我即神也のAさんは「今」にいる。


と言う事です。



「過去はない、本来の姿は『今』にある。」と言いながら、、私は過去をつかんでいました。

「今」を見つめ、「今」に生きることの難しさを感じます。



毎日、私の思考は過去の中をさまよい、因果の創造を無意識にしている。

なんと無意味な創造をしていることか。。。

あ~真理を日常で実践することの難しさ・・・・(+_+)



過去はない、 毎瞬、毎瞬、宇宙神からの新しい生命が「私」としてここに降りている。 もちろんすべての人にも。


たとえ、過去に何があったとしても、

過去は、今の「私」には何の作用も起すことは出来ない。

今「私」は、完璧、欠けたるもののなく、大成就している。

今「私」は何も傷つかない、汚れない。

だから、過去にあったことを恐れることはない。

本物は「今」しかないのだから。



毎瞬、毎瞬、私たちの意識は、新しい状態、新しい場で生きていることを信じて、過去を思考に挟まず、相手の「今」を見つめなければならない・・・と思いました。

我即神也 人類即神也


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by mppoe-light | 2017-05-19 21:41 | 真理について思ったこと

信じることで変わる 選択・決断・決行

浄めるだけでは人類は救われないと思っています。

浄めることで、雲が晴れて明るくなり、相手に(人類に)真理への気づきが

起こった時、その気づきを究極の真理へと向かわせてあげなければならない、と思います。 

目覚めようとする人類の意識を受け止める場が 「神性復活」なのだ・・・と思っています。

2015年に富士聖地で神性復活が宣言されました。

これで、地球上で初めて、迷う人類の意識を受けとめ、究極の真理へ向かわせる場が刻印できたのだ・・・と、その時感じました。(もちろん私の個人的な感想ですが・・・。)


真の救いは、究極の真理 我即神也 に目覚めること。

因縁因果の原因結果の横つながりだけの輪廻の回転から、縦に(天に)つながる真理=世界平和の祈り・「我即神也」 に目覚めること。 

それは、『人間と真実の生き方』で五井先生が冒頭で説かれた真理、

「人間は本来神の分霊であって、業性ではなく、つねに守護霊、守護神によって守られているものである。」 ということ。

現象世界で、神性復活するためには、守護霊、守護神のサポート、指導が欠かせないと思っています。

私自身、自分の感情が高まり上手くコントロールできないと、「守護霊さま守護神さまありがとうございます。」と、意識が縦(天に)に繋がるようにサポートを求めます。

人は、自身が何を信じているかで普段の言葉、想念、行為が決まります。

究極の真理を頭では判っていても、現実世界の只中にいると、

いつの間にか過去に生きる凡夫の自分になってしまいます。




本当に真理が分かったなら、本当に信じたなら、

自分から発する、言葉、想念、行為は 自ずと神性を顕しているはずです。
そして神性世界を創造しているはずです。

だから日々、意識的に生きるのだと思います。 

自分は本来何者か、何のためにここにいるのか・・を確認しながら。
真の世界を創造するために。



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絶対なる真理4   信じること  選択・決断・決行


 『(絶対なる)真理を一口で判りやすく述べると、あなたの人生の中で何が起ころうと、それはすべて、あなたが信じていることそれ自体が、あなたの人生に現れているのだということである。
あなたが信じているその意志に反して起こることは、何もないのである。信じていないことが起こる可能性はゼロである。

一体何を信じているのか。それは固定観念である。』(07-12




この真理は「心の法則」「想念の法則」である。信じることが固定観念であれば因縁因果となる。それが究極の真理「我即神也」であれば果因説の生き方になる。

我々はそのどちらでも選択できるのである。今までのことを言うと、『あなたの人生に繰り広げられてゆく善も悪も、幸せも不幸せも、病気も、事故も、、、あなたが死ぬ瞬間に至るまで、その因は、すべてあなた自身の信念そのものに起因しているのである。』(07-12


何があろうが、無かろうが不平不満、怒りで受け止めるのではなく、「愛と赦しと消えてゆく姿」で受け止めなさいということである。一朝一夕で出来ることではない。しかし、出来るまで努力する価値のある真理である。
それに加えて、果因説の生き方があることを忘れてはならない。果因説があれば、借財をすべて返済するまで待つことはない。大難は小難に、小難は無難に、大難すら無難にし、なおかつ、神性を顕現する道が示されているのである。その道は『進化創造』とも言われる。


現代版十二因縁ではないが、信念に続く要因についても繰り返し説かれる。

『(潜在意識の)一番の働きは、自分が何を信じているかを基準にして、選択、決断、決定が行われるのである。この選択こそが、人生を大きく二分するのである。』
(07-12)

これは『選択、決断、決行の真理』(07-02)とも言われる。

現象の受け止め方だけではない、いかに望ましい姿を顕わしてゆくのか。同じ原理、法則が使われるのである。


『自らの人生は選択により創造され、選択により滅びてゆく。その選択の基準こそが、何を信ずるかなのである。』
(06-10)

『自らのの結果を受け取る、というのが真理の法則であるから、ゆえに我即神也を信ずる神人には神の世界のそのものが顕現されてくる。

神人は未来の輝かしい神の世界を地上に顕現するために祈り、印を組んでいるのである。』(06-10


因縁因果説が絶対ならば、そして過去によって未来まで決定されているならば、『人間としての創造力、個の尊厳、個の自由意志が全く無視されることになる。過去の因果で未来は決まらないのである。自分の現在も未来も、自分の自由意志と創造力によって、いかようにもつくり出してゆくことが出来るのである。』(07-06


因縁因果説だけでは人類は救われない。果因説は人類にとって有難い生き方である。


<白光ノート から>


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by mppoe-light | 2017-04-30 21:06 | 真理について思ったこと

復活そして顕現

我即神也 人類即神也の宣言文を読むとき、

私は、自分の中にある神性「私」が、肉体を通して現象世界に向けて宣言している

 と思って宣言しています。 

宣言文は、私の本体からの言葉、私自身の言葉 と思ってます。

呼吸法の印を組むとき、 

私は、心の中で、「神である私が印を組む、我は神なり」と思い、組むように

心掛けています。

2015年に神性復活が発足し、昨年は、「ソウル・オブ・ウィメン(SOW)神聖なる女性性の復活」が発足しました。

“多様でありながらワンネス”

富士宣言の中の言葉です。

私達は別々の個に分かれた存在ですが、それぞれ個人の自己意識が高まれば「私」という意識は大きく広がり、その広がった「私」の中に相手も含まれる、

だから相手=私。 別々に分かれていても一つ。ワンネス。

その時、私たちの心は自然に繋がり、当然のように分かち合い、赦しあい、称え合う。 そして恒久平和へ・・・

 

だから今、 

恒久平和は人類の神性復活、顕現にかかっている・・・

と思っています。

今年は今後の地球、人類の将来を左右する大切な時。伸るか反るかの時。

でも同時に ついに来るべき時が来た、時来たれり! と言える年ではないでしょうか。

2015年神性復活、2017年神聖なる女性性の復活、そしていよいよ2017年本格的に神性顕現が始動する・・・ そんな気がしています。

(そのために昌美先生は毎日命懸けで人類を支えておられるのだと思います。)


私達一人一人の意識が上昇すれば、富士ではさらに高い印や神事が降りてくるはずです。 そうなれば、さらに強い大いなる光を人類に向けて発信できるのではないでしょうか。


これから神性顕現を目指したいと思います。




私の直観は、ぶれてはいなかった!

我即神也! すべては完璧、欠けてるものなし、大成就!



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by mppoe-light | 2017-04-17 21:37 | 真理について思ったこと

団体、組織について☆

凡夫の思考は無意識のうちに格差をつけたがるようです。

肉体人間観がもたらす固定観念が原因なのだと思います。。。。

自分の中の「我即神也」 の信頼が欠けていると、

基礎、土台の無い建物がぐらぐら不安定に揺れるように、

人は自分に自信がなくなり、自分の価値を外側に求めるようになってしまう。。

自分を確かなものにするために、外側の人に認められ、評価してもらうことで安心する・・・

その気持ちが、人より高く、優れていたい・・・と思わせる。

それが叶わないなら、せめて優れた先生、優れた導師につながっていたい。そのことで周りに評価してもらえる。自分も安心できる。 

これが宗教対立の始まりなのでしょうか。 

自分がつながる先生が一番であってほしい。本物であってほしい。

そうであれば、つながっている自分自身の価値も認められる。



神性を忘れることは、人間の心の基礎(土台)、根本、源をなくすということ。

なくした物を外側に求める。外側に力を求める。外側に存在価値を求める。

本当は自分の中に初めからあるものなのに。

これはたぶん平和運動の中でも起こりうること。

平和運動が、土台のない“自分”を支えてくる。だから自分の価値を平和活動に託す。神性「私」にとって、祈りは生きることそのもの。無限なる愛 あふれ出る愛から平和を訴える。 そこに小我の私はないはず。

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少し前に、地方の宇宙究極の行事を終えました。

総括ではなかったのですが、気が付いたら 総括の役目になっていました。
県外の経験豊富な方々の多くの応援を受け、無事行事を終えることができました。


県外の応援が多い分だけ、こちらの自主性を抑えるのは仕方がありません。が、忍耐が必要でした(笑) 

ただただ、 「今自分がここにいるのは、宇宙究極の光を降ろすため、それ以外の感情は必要ない!」そう言い聞かせました。

おかげさまで、素晴らしい行事になりました。 行事経験のない私達ではここまで整った行事はできなかったと思っています。県内外の経験者の方々の指導のおかげと今は思っています。良い体験をさせて頂きました。

 大成功、大成就した行事ですが、私自身は達成感も感動もなく、次は5月、SOPPだ・・・と思うくらいでした。

ただ、二日間くらい力が抜けてぐったりしていました。

速く「私」に戻りたい。自分の内側の究極の真理に入りたい。切実にそう思いました。


今、思うのは、

団体、組織というものは難しいものだ、

と言う事です。


やはり根本は、神性復活、神性顕現 だと思います。


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by mppoe-light | 2017-04-11 23:39 | 真理について思ったこと

「私」を取り戻す


「私」という意識は神界の私と繋がっている。

神界の私から地上で肉体を持った私に意識が届いているのだと思っています。

「私」という原点に戻ると、すべては自分の中にあるんだ・・・と思います。

肉体はここ現象界にあるけれど、私の意識は(私自身は)本当はここにはいないんだ。

私は神界から届いている意識。肉体を持つことで現象界で活動をしている

何のために?  地上で神の完全性を顕すために。すべては完璧、欠けたるもののない、成就を顕現するため。


毎日のいろんな出来事で感情想念は揺らぐけど、 ただの感情想念で動くことが、私が存在する目的ではないはず。



人類70億のそれぞれの「私」という意識は、光り輝く宝石のようなもの。

宇宙神から放たれた光の粒子。

70億すべての「私」が、すべてに愛され、充たされ、抱擁され、光り輝く宇宙神と一つに融け合う。



肉体はここにあっても、心は神界に向いていたいな・・・と思う。
その時、感情を支配しようとしていた出来事はどれも消えてゆく姿になる。

消えてゆく姿は実在ではなく、ただの虚構、偽物。

偽物に意識を注ぐなんて無意味なこと。



今ここに在る「私」を逃さないように、忘れないようにしたいと思います。

すべては「私」の中に、真理とは「私」の中にあるのだと思います。

我即神也 人類即神也


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by mppoe-light | 2017-03-28 22:41 | 真理について思ったこと

消えてゆく虚構をつかまず、本体・神性をつかむ☆


人間という者が、日常自己だと思っている肉体的自己は、実はしっかりした本体をもたない泡沫のような、想念の波であり諸行無常的、砂上の楼閣的存在なのである



こんな瞬間瞬間に消えてゆくような想念の波だけをつかんでいて、人間の幸福だとか世界平和だとかいっていても、到底真の幸福も世界平和も実現しないのは、実にはっきりしていることなのである。


<天と地をつなぐ者 から>

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つかむのは神性。本来の現実世界 すべては完璧、欠けたるものなし、大成就をつかむ。



いつまでも、本体をもたない泡沫のような、砂上の楼閣のような虚構の現実をつかまないこと。

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3月号法話から


その大事なポイントとは、自分を信頼し始めたこと。自分に確信を持ち始めたこと。自分は出来るのだと思考が変わったことです。

世間とはちょっと違う生き方と言われても自分は大丈夫。


自分自身を敬い、我即神也をやりつづけ、本当に自分は神性そのものなんだと繰り返し習慣化されたその思考は、必ず現実に現われるということです。

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人が自分を見て、「吾は神を見たる」と思う。その前提になくてはならないのは、自分が自分を見て、「我は神を見たる」と確信することである。

この根拠は現象界にはなくていい。目に見えない神性を見ることがすべてである。それが『自分が自分に調和する』ということである。

『すべての根本は、自分そのものにある。正すべき相手は他や外ではなく、自分自身である。内なる自分との調和により、今まで否定的マイナス方面に偏っていた思考、言動が正されてゆく』(00-07)。 


<ピタゴラスさんの 鏡菩薩2から>

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3月号 法話から

本当に魂の底から、この真理がわからなければ自分を改革することは出来ない。

第一に自分の成就です。意識が成就させるのです。

人ではない、昌美先生でもない、五井先生でもない。

自分の固定観念をひっくり返すのです。

  


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by mppoe-light | 2017-03-08 17:33 | 真理について思ったこと

五井先生の「宗教問答」から☆



・・・・

最後に最も大事な真理をお話し致しておきましょう。それは今まで説いてまいりました誕生や前世や再生などということは、人間の本体の世界、本心の世界のことではなく、あくまで業想念の世界のことであって、
人間の本体では常に神の世界において、光明燦然たる光を放ちつづけているということであります。

その真理は肉体人間の頭脳で知ろうと知るまいと、厳然たる事実であって、この世や幽界、霊界を往来している人間(霊魂)は、水に写っている影のようなもので、その実体はなく、いつかは消え去ってゆくものであります。

ですから、真理の面から一言にして云えば、人間が自己の前世を云々したり、過去世の因縁や今生の幸不幸にひっかかったりして、一喜一憂しているのは、消え去ったもの、あるいは今現われて消え去ろうとしているものを、把え、追いかけるよいうなものであって、あまり智慧のある話ではないのであります。

私が何故消えてゆく姿の教を説いているのかと申しますと、
人間の真実の姿、神と一つにつながっている神の子人間の姿を、この世に現わすために説いているのであり



この現象世界の出来事は、何もかも、時間的経過によって過ぎ去り、消え去ってゆくもので、変じ滅してゆくものである。 
ただ実在するものは、神の光のみであり、神のみ心であり、神の理念のみである、という真理があるからであります。



P204 P205 から




肉体人間の頭脳で知ろうと知るまいと、

たとえまだ我即神也 という究極の真理が充分体得できていなくても、

人間の本体では常に神の世界において、光明燦然たる光を放ちつづけている

これは厳然たる事実

だから、堂々と宣言します。 

我即神也 すべては完璧、欠けたるものなし、大成就!


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by mppoe-light | 2017-02-23 22:26 | 真理について思ったこと