カテゴリ:真理について思ったこと( 318 )

私にとっての世界平和

これからの10年20年をどう生きようか・・・ということを

考えています。

つまり、

自分はこれでいいのか。このままでいいのか。。ということです。

自分はもっと満たされ、もっと喜びあふれる存在であるはず。

それなのに、心に浮かんでくる物足りなさ。

それは、自分の外側に達成感を求めているから?

外側に自分の存在価値を求めてしまうから?

それとも、
まだまだ出来ることをやっていないのかも

知れない。

私は周りの法友の方とは、真理の取り組み方、世界平和の考え方が少し違います。

これまでは、考えが合わないながらも、周囲のやり方に合わせて来ました。

でも、もう自分の考えを抑えないで、自分のやり方で進んで行きたいなと、

思うようになりました。

私にとって世界平和とは、、まず自己意識を上げること。

自己探求し、自分を掘り下げ、神性復活・顕現をすること。

そして、その私が、肉体を通して真理の光を地上に放射すること。

つまり、地上で光ること。

「私」は神だからすべてに満たされている。

「私」は神だから愛深い。

「私」は神だから平和の為に働く

「私」は神だから人類のために祈る

「私」は神だから人類の神性復活=真の救いのために印をくむ。

神だからこそ、世界平和を求め、顕す。



[PR]

by mppoe-light | 2017-10-25 21:26 | 真理について思ったこと

ひとつひとつの尊い「私」


地球上だけでも70億の「私」という命があります。

みな宇宙神の光の子。



いのち「私」は決して、他の「私」に踏み込むことはできない。

血の繋がった家族でさえ、互いの「私」を体験することは出来ない。

意識「私」にはそれぞれ個別の世界があり、相手の「私」に影響を及ぼすことはあっても、

相手の意識「私」をそのまま生きることは出来ない。 

相手のいのちを生きることは決してない。在り得ない。



なんてすごいことなんだろう・・・と思いました。

それだけ、一人一人には尊厳性が与えられ、守られ、それぞれの世界を創造できるように自由が与えられている。

それでいて、私たちは、誰もが宇宙神の子だから、みな繋がっていて、決して切り離されることはない存在。 

別々に生きているようで、実は決して切り離されることのない私達。

個として生きているけど、奥では一つの大いなる“いのち『私』”。



私達一人一人の「私」と言ういのちは、気高く、尊い。

無限の創造力と自由性を与えられている。

宇宙神に無限に愛され、大調和している。



宇宙神の包容力、愛の深さに感動する私です。


[PR]

by mppoe-light | 2017-10-14 19:00 | 真理について思ったこと

求めなくてもいい、与える こと


外側に何かを求める必要はないのかもしれない・・・。

自分の奥に、あふれでる無限なるもの全てが内在していて、

本来、私は、すべてに充たされ、愛され、祝福されているのだから。



私の奥に在るもの以上にすごいものが、この形の世界にあるのだろうか。

ない。現象は消えてゆくだけ。



今の現象世界で高評価、賛美、祝福などを期待しても、それ以上に素晴らしい賛美を私は初めから頂いている。宇宙神の子として頂いている。

形の世界での、祝福、賛美は、

私の奥にある天からの賛美、祝福が、法則に則って形となって現われたもの。



外側の世界で得たものは、たとえどんなに素晴らしく見えても、
本来の私の中に備わっているものには到底およばないはず。 

なぜなら、私の本体は、すてべ完璧、欠けたるものなし、大成就しているから。

だから、

私が、地上ですることは、天からの祝福、喜び、輝き、愛 を肉体を通して表現すること。 

求めるのではなく、与えること。自分から(自分を通して)神性を放出すること。

それは、祈りだったり、印だったり、言動行為であったり・・・、

光り輝く存在であるということ。

神性より勝るものは地上にはない。

ついつい外側に依存し、期待してしまう小さな自分がいます。(>_<)

神性を忘れないように。我即神也から離れないように・・・!!


[PR]

by mppoe-light | 2017-10-13 21:14 | 真理について思ったこと

黄金に輝く「私」

私の奥には黄金に輝く「私」があります。

それが、本来の「私」 

私がすべての思い込み・固定観念 を取り外し、

素直に光り輝く神性「私」を受け入れたなら、

その瞬間から、私は すべて完璧、欠けたるものなし大成就の姿を顕現する。

なぜなら、私はそれを現象世界で顕現するために、今、ここに肉体を持って

生きている。

生きるとは、もともとそういう事。

神性の美しさを、気高さを、完全性を顕すために、今、ここに居る。



 私の奥の黄金に光り輝く「私」

その姿を地上で顕すためにここに来た。

自分にどのような不都合な事態が現われようと、神性「私」には関係ない。

なぜなら、それは本来は無いものだから。色即是空、消えてゆく姿だから。

不都合な事態に慌てるのは肉体人間観の私。

怖れるのは神性を忘れた私。

どちらが本物なのか、と言えば、黄金に光り輝く「私」が

本物。

70年80年の人生が生命なのではなく、

無限に続く永遠なるものが本当の私の生命。



信じるのは、自分と人類の神性のみ。

だから、そのつもりで生きる。

今、私は光り輝いている。

今、私には無限なるものすべてが内在している。

今、私はすべてに充たされ、愛され、祝福されている。

今、私は気高く、美しい。

今、私はすべての人を愛している。

私は永遠。70年、80年だけの存在ではない。

私は、肉体の中だけの小さな存在ではない。

私は、こんなちっぽけな存在ではない。



私は創造者だから、神性を認めれば、それは言葉となって、行動となって、形となって顕れる。

それが五井先生の説かれた、「生きること」

私が目指す神性復活!・・・なのです☆☆☆



10月の宇宙究極にて

神聖復活目覚めの印 の伝授をして頂きました。祝♪



まず、自分自身がどう目覚めていくのか楽しみです。

そのためにも、心を引き締めねば・・・ 

ここんとこ、ちょっと遊び過ぎなのでした。反省。



神性復活、大成就!


[PR]

by mppoe-light | 2017-10-10 17:13 | 真理について思ったこと

永遠の命を持ちながら…

永遠の命を持ちながら、
移りゆくものに、時間の経過とともに変化するものに惑わされるな。
永遠を前に、70年80年の人生の起伏に惑わされるな。

全ては完璧、大成就しているのだから。

[PR]

by mppoe-light | 2017-09-13 09:16 | 真理について思ったこと

前を向くこと☆


「真の自分を見落とすな・・・」

と、自分に言い聞かせているところです。


日常生活の中で現れる、心を揺らす様々な感情、想い。

この感情はなぜ湧いてきたのか、この想いはなぜ暗く、重いのか。

それは、自分が“我即神也”を摑んでいないから。

自分が本来何者であるかを忘れているから。



想いの中には真理はない。

過去を思う想いの中にも、未来を思う想いの中にも、真理はない。

真理が在るのは今だけ。 我即神也を選んでいるときだけ。



神性復活を選択した者には過去は必要ない。過去には実は意味がない。
真実のように見えるけれど、実は消えてゆく姿。



前を向けば、真理があり、真理の中には無限なるものすべてがある。

だから、意識して前を見つめる。前からは、いつも新しい「今」がやってくる。

新しい「私」、我即神也の「私」が訪れてくる。


私は肉体ではないのだから、

私は肉体を乗り物として地上で活動する存在。

宇宙神と繋がる=「私」


前をいつも向くこと。 そうすれば、過去がどのような現象を起そうとも、

「私」には全く関係がない。たとえ現象的に肉体的に追い込まれても、実は「私」には関係がない。

なぜなら、
「私」は初めから決まっているのだから、

すべては完璧、欠けたるもののない、大成就のみの存在であるということが。
我即神也!

神性復活・目覚めの印を伝授をしてもらうため、来月の究極に参加します。
嬉しい♪ わくわくします。期待しています。
神性復活 大成就!


[PR]

by mppoe-light | 2017-09-11 22:35 | 真理について思ったこと

「私」というい生命(いのち)

c0074000_13222786.jpg
c0074000_13230527.jpg




この図をみて、なるほど・・・と思いました。



私達はもともと宇宙神から放たれた光、放たれたいのち。

命=意識「私」は、常に宇宙神と繋がっている。

一度も、片時も切り離されたことはない。

それなのに、

私たちの心、想いは、自分の本来の姿を忘れ、

「人間は神に非ず」。。。という錯覚・誤解 から現在の幻覚の世界を築いてしまいました。

その世界は、二元対立の有限な世界。因縁因果の世界。

私達は自分たちが本来は神の子であり、そして宇宙神とは常に繋がっている存在であり、

本来は、すべて完璧、大成就の能力を内に納めた存在であることを

すっかり忘れ果て、有限の世界で他から横取りしながら生きてきた。。。



長い間、神性を思い出さないまま、因果の世界をぐるぐる転生していた。


いつも過去に支配されていた。



過去は、自分が神性を忘れていたため創り上げてしまった産物。

本来の我即神也には関わりのないもの。 


だから、それを五井先生は「消えてゆく姿」といわれた。昌美先生はさらにストレートに 「過去はない」といわれた。



想いのクセは手強いです。人間は本来 神の分霊 と教えて頂いても、

リアルな現実のできごとに心は揺さぶられ、不安、不幸、悲しみ、憎しみの詰まった因果の世界をそのまま生きてしまいます。

けれど、

世界平和の祈りは、神様の御心と一つになること。因果を超えて、

自分の本体と、宇宙神と一気につながること。

だから、消えてゆく姿で世界平和の祈りを続けることで、曇った心や想いは光によって徐々に洗われ、より真理へと心が向き易くなる。 

また、因縁因果をこえた存在である守護の神霊へ意識を向けることで、自動的に想いは因果の横の世界から、本来の宇宙神と繋がる縦へと向かいやすくなっている。



そして、我即神也の登場。


本来、私たちはすべてに充たされ、抱擁され、祝福された神の子。

完璧で、欠けたるもののない存在。

その真実が知らされ、 ついに神性復活まで辿りつきました。



因果の(過去⇒現在と時間が横に流れる)世界を脱し、神性復活したことで縦につながることが出来るようになった。

縦とは宇宙神とのつながり。自分の本体も同じ。
命は無限であり、現象界で肉体という乗り物を脱ぎ捨てることがあっても、それで本来の命が終わるわけではない。

無限なる生命



また神性復活によって、

私たちは自由意志、選択・決定、自己責任で自由に使うことができる。。

無限なる可能性 無限なる能力



五井先生の時代から昌美先生の時代へ。 

消えてゆく姿で世界平和の祈りから、

五井先生が本当に伝えたかった真理、究極の真理、我即神也・人類即神也へ。


さらに、昌美先生によって大きく広がる神性復活・顕現



「神と人間」に載っていた この二つの図を見ていて、

地球、人類を蘇らせるための、神々の導き、計画の大きさに圧倒され、

私達は宇宙規模の壮大なうねりの中にいるのだ..............
そう感じました。

無限なる感謝





[PR]

by mppoe-light | 2017-08-24 13:41 | 真理について思ったこと

私の価値

私の価値

それは、「私が私である」 ということ。

「私」があるから、世界を創造し、世界を体験し、

そして感情を体験することが出来る。

きっと“私は在る”と言う認識は、時間空間を越えて、永遠で、無限。



神性の私と肉体人間観の私は、 「私」という意識でつながった、一つの「私」

だから、我即神也を認めた時は、私は神聖な存在。

我即神也を忘れ、神性を放り出して、因縁因果の現象に価値を認めている時、

私はただの凡夫、愛の少ない消えてゆく姿の私。



因縁性を生きる私も、神性の私も、同じ「私」という意識だから、同時に両方を生きることは不可能。 

「私」はつねに、選択して 私と言う存在を選んで生きています。 

神性の私か、非神性の私・・・のどちらかを。



神性の私を選んだとき、私は本体と統一し、本体からすべては完璧、欠けたるものなし、大成就 が肉体側へ流れ込んでくる と思っています。



だから、一旦現実から離れ、自分を見極める時間は大切です。

現実世界から心を切り離した時、その場には、名前もない「私」という意識がただあります。 

それは何処から来たのか、私とはいったい何なのか。



そのことを、五井先生、昌美先生は、神の分霊、宇宙神の子 と教えて下さいました。

だから、もともと私は祝福された存在。宇宙に愛された存在。

私だけではなく、宇宙のすべての存在は祝福され、無限の愛で愛されている。



私の価値は、私が私であること。私が在る ということ。

それだけ。他に何も条件はいらない。

それだけだけど、価値は無限大。私も、あなたも、人類も。すべての「私」が無限大。



私は本来何者なのか、何のためにここにいるのか。何のために存在しているのか。 

私は本来、神の分霊であり、地上に神の世界、地上天国(完全平和)を顕すために今ここにいる。



未だ目覚めない人類の為に祈り、印を組みます。


[PR]

by mppoe-light | 2017-08-17 15:48 | 真理について思ったこと

今 現われるはず

究極の真理を体得したのなら、神性は、いま現われるはず。

いつか、そのうち、時期が来れば自分も神性を現わすことができる・・・という曖昧な希望ではなく、 

信じれば、

いまこの瞬間にも現われているはず。それを阻止しているのは、私が抱えている固定観念、肉体人間観念。

神性は、自分の意識の在り方で顕れるもの。

意識を神性に復活させるために、毎日祈り・印・宣言を続けています。

どれも、“いのち”がのり出している姿。

“いのち”がのり出しているのだから、みな個人人類同時成道



祈り、印、宣言など、神行を実践することそのままが神性顕現の姿でもあるのですが、

神の分霊として、「すべては完璧、欠けたるものなし、大成就」の姿を、肉体を持ちながら顕現していくことが、これからの役目だと思っています。


まだハードルは高いですが………。。
(無限なる成功!)


でも究極の真理を体得すれば、今この瞬間から現わすことが出来る。

今この瞬間、どこまで神性を自分のものとしているか

100%体得していれば、たちどころに私は神そのもの、五井先生と同じように存在しているはず。



「神性復活目覚めの印」が切り札の印になるのだと感じています。

私達や人類の意識を磨き高め上げてくれるものだと思います。

私達がより深く目覚め、より高い意識になれば、生きる姿に、完璧な大成就の姿が顕れてくるはず。 その姿が人類の意識を揺さぶり、次から次へと目覚めが進むのだ・・・と思っています。

だから自分の意識を疎かにしないこと。。 

日々繰り返される現象の低い流れの中にいると、放っておけば簡単に意識は落ちます。だから惰性でずるずる生きていてはいけない。


毎日、自分をチェックして、究極の真理から離れないようにしないといけません。

毎日、きちんと自分と向き合う時間を持たなければなりません。



私は7月の行事には参加していないので、「神性復活目覚めの印」の伝授はこれからです。

伝授が待ち遠しいです。

新しい印の強い働きが、私の意識を復活させ、さらに神性を信じる気持ちを強くして、高くしてくれるはずだと期待しています。

だから・・・・、



誰か(3人)早く 伝授して~っっ (^_^.)

宜しくお願いしまする~ <m(__)m>
ぺこり。。。


と言う今の気持ち

半年後かな。。。伝授は。


[PR]

by mppoe-light | 2017-08-05 17:20 | 真理について思ったこと

越えた存在「私」

現象世界と神界を繋いでいるのは 「私」という意識。

私の意識、意思が、無限なるものを現わす。

因縁因果のルールの中で、

「私」は様々な人生を繰り返し繰り返し、生きて、体験している。

いろいろな時代、境遇、立場を体験して来ているはずです。

どのような人生を体験しようと、 「私」という存在はその体験を越えている存在。



「私」は70年80年の人生を生きるだけの存在ではない。

因縁因果の世界を越えている存在。

これまでの因縁因果の現象は、「私」の中では、ほんの片隅で

起こっているだけの小さなもの。



だから目に見える現象に振り回されていてはいけないし、

過去にも流されてはいけない。

本物は何か、真実は何なのかを見落とさないように



すべては宇宙そのもの、光そのもの、真理そのもの、神の存在そのもの

なり。



すべては神の存在そのもので、 すべての内奥には神が存在するということ。



こんなふうに真理と向き合うことは面白いです。発見があるから。 

向き合っていけば自分自身が変わっていくし、広がっていく。

「私」というものは広いなぁ・・・と感じます。


[PR]

by mppoe-light | 2017-07-24 23:04 | 真理について思ったこと