20%の中に飛び込む


私の目は、意識は、想いは、何を摑んでいるのか。。。
批判、非難、評価をしている時、私の意識は肉体人間側の観念に偏っている時。

本体の、神性の私は消えてゆく姿を理解しているので、相手の、どのような様相を見ても、
相手の神性を認め、人類即神也を顕すためのプロセスとして受け入れます。

批判、非難、評価をするとき、私は私を愛していません。 私を信じていません。
それは自分の神性を疑っている時。光を見落としているとき。

心して、自分を磨き高め上げること。 
つまり、自分の内に神性があること、自分はもともと我即神也。宇宙神の光の子であると自覚すること。 
宇宙神の直系であることを認め、信じること。 
五井先生の言われる20%の中に飛び込むこと。

五井先生は人間は誕生した時から運命は80%決まっている。
あとの20%で運命を変えていく、と説いておられます。

その20%といのはどういうことかというと、20%の未知の世界がある、これから作り上げていく世界がある、というわけです。

 80%まっくらだけど、20%光がさすところがある。それを窓口として、跳躍台として、無限に自由自在の世界に出る、ということなのです。つまり、自分の生命体が自由自在になる、そういう窓口が20%開いていて、あとの80%はもう決まっているのだ、というわけです。その窓口から出ていけば、自由自在の世界に出られるのです。

因縁因果をこえた人というのは、因縁とはなんの関係もなく、自由自在に生命を生かしていける。そういう人間になる道が20%の光の道としてあるわけです。20%の自由性がある。

 その因縁因果の波をこえた自由性の20%のところにつながれば、悪い運命であったとしても、それをこえて自由自在の世界に出られるんだ、ということなのです。
「悠々とした生き方」より

五井先生は因縁因果のカルマを浄めて自由自在なる・・・とは仰っていません。
因縁因果をこえる・・・と言われています。

20%へむかって、祈りで飛び込む。 
そして、光の窓口が見つかり開いてきたので、
次はいよいよその窓口を使って、天から光を降ろす。
それは神性を顕現すること、因縁因果の過去を超えた、新しい世界、神性世界を地上に創造すること。

光を通すことで、どんどんそれは広がる。 どんどん強い光が降りる。
光の道をつかみさえすれば、過去もない、カルマもない。

五井先生、昌美先生 ありがとうございます。
我即神也 人類即神也


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by mppoe-light | 2016-08-20 17:00 | 真理について思ったこと