「成就の強く硬い決心」


肉体が媒体となって、現象界に光を放つ のだから、
この現象界を進化させるには、現象界で活動できる媒体の神人が必要。

なぜ神人?  肉体という器を動かしているのは 「私」、 私と言う意識
私と言う意識が神性を認め、顕現しようとすることで、意識を通して宇宙神の光が流れ、現象界の私に降りている。その私が肉体を通して、人類に光を放射する。
その時、私には過去はない。宇宙神の光の中で私は生きているから。

そう考えています。 だから・・、

“私”という意識がなければ、光は流れないし、ここに届かない。
“私”は、天の光を地に降ろす人。すごい、素晴らしい存在!
私は宇宙神と直に繋がっている!

もっと自分に誇りを持って、そして宇宙神に愛されていることを信じて、
もっと自分を愛し、自分を信じて生きていきたい、
そして、神性顕現をするために、天命成就の強く硬い決心を維持していかなければ・・・と思いました。

我即神也 すべては完璧 欠けたるものなし 大成就


真理の証人

 『我即神也』の宣言文に『自分を磨き高め上げ』と言う文言がある。そのためには何が重要なのだろうか?
『自分を磨き、高め上げ、進化させてゆくために一番大切なことは、何について意識するかである。いかに自分の願望の成就について、強く深く意識してゆくか否かである。』

何を意識すべきか?『我即神也』であると会長は言う。自分の存在についてである。
それは何をしてきたかではない。過去の実績ではない。過去の善悪の想念行為ではない。過去や現象、実績には関係ない自分そのもののことである。

 『強く深く意識する』とは、『自分の意識がどれだけ長く続いたか』『どのくらいの頻度で同じことを意識するか』ということである。
想念の法則では、『必ず意識することは成る。成就する。繰り返し繰り返し、意識を深く強く集中したことは必ず起こる』。(以上2001-12)

 真理を認識すること、意識することに続いて、重要なのが真理を顕そう、つまり天命を完うしようと言う強い意志である。
過去とは切り離された神なる自分は何をすべきなのか。何をしようとするのか。何をしたいのか。
それは『“我即神也”を現わすこと』(2000-01)である。神性顕現こそ人間の天命である。それは自己実現であると同時に、人類を救済することでもある。

『(神人たちは)ついには自らが欲するものはすべて手にするという真理の法則の証人として、世に立ってゆくのである。』(2004-04)

 神人にとって、この姿は遥か彼方にある理想ではない。切なる願望であって、今生で果たさねばならない大天命である。
この姿を成就することを、自分の意識で強く深く長く、頻繁に繰り返すことである。
重要なのは、この天命成就の強く硬い決心である。
真の祈りとは、この決意の宣言である。真の祈りとは、神の立場での決意表明、意志表明である。それはまた、印で表現され、マンダラに書き刻まれることによって、ますます成就するようになる。
 
神人は真理を学ぶだけではなく、真理を顕して、『真理の法則の証人』になるよう定められている。
定められているからこそ、そうなるよう宣言し続けなければならない。これに最適の宣言文がある。呼吸法の息を止めるときにも使えるので、ご紹介しておきます。

宣言文: 『自らの内にある神秘なる力、遺伝子一つ一つに組み込まれている我即神也の真理、無限なる叡智、無限なる直観力を引き出し、人類に先駆けて、本来の神そのものの神々しい姿を顕現し、人類に証してゆくのだ。』(2001-05)



c0074000_1036974.jpg

[PR]

by mppoe-light | 2015-08-30 10:37 | 真理について思ったこと