宣言文を読んで思うこと

生きる とは創造すること・・・と言うより 常に創造している と言うこと。

自分が、意識している、いないに関わらず、私は常に創造活動をしています。
どんな創造をするのかは 私に任されています。
もちろん私だけでなく、人類すべての人に任されている。 
世界は、任された私達のそれぞれの自由意思で選択、決定されたことが創造され現われている。

私の創造は、私の住む世界。私が自由意思で選択、決定した世界。
 私だけでなく、
Aさんの自由意思で選択、決定して創造したAさんの世界。
Bさんの自由意思で選択、決定して創造したBさんの世界・・・。
人それぞれの世界があります。 
どの世界も、天から与えられた創造力を使って、
天から任された自由意思によって選択、決定し創られた世界。

どの世界が正しくて、どの世界が間違っている とは言えないと思います。
なぜなら、
どんな人の世界も、宇宙神から与えられた能力を使って創造活動したものだから。 

ただ、違いがあるのは、  
神性意識から創られた、愛溢れる世界なのか、
それとも、 非神意識から創られた愛の乏しい世界か、、、と言うこと。

非神意識によって創造された世界は、宇宙神と人を切り離した思考から生まれたものだから、いずれは滅びゆく世界。 
非神意識で創造された世界は、本来の目的の創造とは言えない、
それは消えてゆく姿として処理されるもの。

宇宙の創造は、自由意思、自由選択、そして 自己責任。

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人類即神也 の宣言文を読んでいて、こんなことを思いました。

 宣言文の内容は、「人類は神であるのだから、 人類よ目覚めよ」 というのではなく、
人類の今の姿を、神である「私」はどう見るべきか、どのように対処すべきか
人類に 「○○しなさい」  というのではなく、
神である「私」は、どういうスタンスで今の人類や世界を見詰めていくべきか・・・・という内容になっています。
それは、我即神也を宣言し、顕現しようとしている者の宣言だと思います。
 
私が、語ること、思う事、表すことは、 人類が真理の目覚めることのみ。
故に、私は 神の存在そのものなり。
いかなる批判、非難、評価も下さず、それらに対して何ら一切関知せず。
人類一人一人に代わって「人類即神也」の印を組み続ける

人類を真理に目覚めさせるためには、 まず 神性を復活させた者が、
今の人類、世界の様相をどう認識して、何を表して行くのか。

私たちは宇宙神の子として生まれているのだから、
みな意識の深い部分ではつながっているのだから、個人の意思の響きが全体に波及しているはずです。
だから、一人一人が、我即神也を強く自覚して、神性顕現していくことが、人類の神性復活につながるのだ、・・・と思っています。

カルマを浄化して人類をサポートしながら、 でもそれだけではなく、
さらに 個々人がより高い神性意識を持つことが人類の目覚めに繋がるのだ・・・と思います。

人類即神也

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by mppoe-light | 2015-06-11 15:50 | 真理について思ったこと