「こころ」

過去はない 消えてゆく姿だから。 
だから捉われてはいけない。摑んでしまってはいけない。放さなくては。
では・・・、
放した後、心は何処へ向けたらいいのか、 
現われた消えてゆく姿に、捉われず、摑まないようにした後も、心には、様々な想いが絶え間なく湧き上がってきます。

五井先生は 人間の、捉われた想いを放した後の、心の行き先を用意して下さいました。
「世界平和の祈り」 を用意して下さいました。
それは真の心(神性)と繋がる方法でした。

世界平和は神さまの御心。 その御心と一つになる、祈り。

本心に辿り着くこと、自我の私をすべて神さまにお返しして、本体そのものとなることは容易ではありませんが、 
世界平和の祈り 印 によって
本心とつながることが出来ます。
今どんなカルマの中にあっても、 消えてゆく姿で世界平和の祈りを実行することで、自分の内にある神性と繋がり、顕すことができます。

完全にカルマを浄め切らなくても、完全に「空」を体得していなくても、
本来は 我即神也 なのだから、神性とつながり、顕すことができる。

祈れる私は、光そのもの、真理そのもの、神の器そのものなり。

 
本心・・・本当の“こころ”   まだ “まことのこころ”の在り場所を知ることは出来ていないけど、 祈ること、印を組むことで、私は まことのこころと繋がり、顕すことが出来ている・・・・そう思うと、 世界平和の祈りの奥深さ、果因説の素晴らしさに感動する私です。

c0074000_22252660.gif



“こころよ こころよ どこにいる
まことのこころよ どこにいる
探し求めて幾転生“

“私はこころの在り場所を
はじめてしっかり知りました
こころは天にありました
いのちの中にありました
光の中にありました
私の中にありました“

“こころは私でありました
 こころはいのちでありました
 こころは光でありました
 人と人をまんまろく
 天と地とをまっすぐに
 つなぐ光の波でした“


五井先生の 「こころ」  から





c0074000_2226773.jpg
[PR]

by mppoe-light | 2015-04-10 22:30 | 真理について思ったこと