『私』 について

無限なる愛 無限なる叡智 無限なる平和・・・
すべては完璧 欠けたるものなし 大成就

毎日繰り返す言霊、 でもこれだけではどこか物足りない・・・? 他人事に思えるから?

五井先生は、如是我聞の中で
私、私、私は渡しだから、神様に渡してしまいなさい  (だったけ?)
と、言われました。 
この時の私は業想念の私。でも
神様に渡してしまった瞬間そこに現われるのは、我即神也、本心の『私』。


<私>という意識。 
<私>が世界を知覚している。だから、<私>が在るから世界が在る。

『私』は、我即神也 神性。 それは 無限なるもの、すべてのすべてを顕すことのできる宝庫を持っていて、常に完璧、欠けたるものなし、大成就

『私』からすべてが始まり、世界が展開している
だから 
『私』は、すべては完璧、欠けたるものなし、大成就であり、
『私』が、無限なるものを顕す。  (自己責任において)

『私』 


言霊を宣言する時、言霊の前に『私』は・・・を付け加えると、心に響きます。
説得力があると感じます。自分自身に対して。

また、
五井先生の「人間と真実の生き方」を 人間⇒私に変えて宣言しても
心に響くものがあります。 身が引き閉まる感じです。

「私と真実の生き方」
私は本来神の分御霊であって、業性ではなく・・
この世の中のすべての苦悩は、私の過去世から現在に至る・・・

私も人類も真の救いを体得できるものである


『私』は本来何者なのか・・・『私』は我即神也であるという自己認識。 
その『私』が世界を創造し、動かしている。
 
『私』の尊さと感謝を感じました。


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by mppoe-light | 2015-02-17 19:58 | 真理について思ったこと