「真理は確立され、こちらに向かってきている」

 自分が自分自身を汚れていると認識すれば、カルマを体験する。
自分が神であり、宇宙神と根源でつながっていると認識すれば、途方もない贈り物を体験する。
宇宙神と自分は厳然とつながっているのだけれども、それを認識しなければ贈り物は顕われない。
その事実を思ってみなければ、贈り物は顕われない。


「我即神也」を 
認識しなければ贈り物は顕われない。


すべては完璧、欠けたるものなし、大成就 
その事実を思ってみなければ、贈り物は顕われない。



 世界平和、神我一体、自他一体という真理は永遠であり、時空を超えている。
真理は時空を超えているだけではない。真理はまっしぐらに、今の自分に突進して来ているのである。
それをきちんと受け止めましょうというのが、『み心の天になる如く、地にも為さしめ給え』という祈りである。


”真理はまっしぐらに、今の自分に突進して来ているのである。”
そう思います。 今、この瞬間、即、私には(人類には) 真理が降り注がれている。
真理に貫かれている。
そのことを、一切の疑いも持たず認めるとき、 我即神也  神性がそのまま顕れる。
が・・・、
疑いの想いが真理の顕現を遮る。。。(T_T)ううぅ。。。

c0074000_19443854.gif


 無力なる人類に共感している場合ではない。汚れを償うために犠牲と痛みを捧げている場合ではない。
共感も犠牲も痛みの受容も自我の主張に過ぎない。
共感するならば真理に共感するのである。痛みを捧げるのではなく、無限なる恵みに感謝を捧げるのである。子供の悪夢の痛みに寄り添う親はなく、悪夢を贖うために犠牲を捧げる親もいない。悪夢を払うのは目覚めしかない。目覚めとは、『我即神也』という真理に目覚めることである。

人類の消えてゆく姿(無力な人類、汚れ)や、現象に共感している場合ではない。( 厳しいと思われるけど。。。)  消えてゆく姿を改革して世界が平和になるのではない。  
世界平和は目覚めしかない。 
目覚めるとは、「我即神也」 ということ。

真理は確立され、こちらに向かって来ている。その真理と同調するのが祈りである。
真理に目覚め、同調するとき、真理は現実世界に顕現する。目覚めた人は真理を体験する。
この地において、天(宇宙神)のみ心を体現するのである。それは奇跡であり、大成就であり、天命である。
奇跡とは宇宙神の愛の拡張をブロックしている自我の思い込みを解除することである。自我の思い込みの解除に必要なのは、祈りと印である。

『私は宇宙神の根源につながった神である』(言霊)

参照:『宇宙神の根源に汝らは直結した』(2014/01/12新年祝賀祭

ピタゴラスさん 『私は宇宙神の根源につながった神である』  から

*****************************************

”真理は確立され、こちらに向かって来ている。”

”究極の真理” は、確立され常に私に流れ来ている  
我即神也、を認め
私は常に すべては完璧、欠けたるものなし、大成就  
それを信じ、同調する、受け止める。自分のものにする。

と思います。

c0074000_19432568.jpg

[PR]

by mppoe-light | 2014-05-10 19:47 | ピタゴラスさん啓示録から