真の救いは・・・

真の救いとは、究極の真理を体得すること

自分が抱える消えてゆく姿、それを消し続けること、消し切ることで、初めて私は神である、神の姿が顕れる・・という考えは、
すべて消し去るまでは、「自分は自我の子、カルマの子である」 と、言っていると同じなのでは・・・。

それは、今の自分を否定し、今の自分は神ではない、と認めていること。


どんな姿を顕していようとも、人間は本来神。宇宙神の子。
そうでなければ、この宇宙に存在しようがないはず。

たとえ今現在、神の姿が顕れていなくても、
人間は本来神の分御霊 これは絶対の真理。

今、神の分御霊(我即神也)を認めず、受け入れない限り、神の姿は現れない。
なぜって、
我即神也が受け入れられないということは、、、
消えてゆく姿が 在る と言う事をのみを認めているだけになってしまう。

認めないものは顕れない。信じないことは顕れない。


そもそも、消えてゆく姿とは 色即是空という難しい真理を、
五井先生が、易しく、判り易く、日常生活で実践できるようにして下さった教え。

そもそも 消えてゆく姿とは、「空」、ということ。「本物ではない、実在では無い」、ということ。
全ては完璧、大成就の神様から見れば、「無い」ということ。

無いものを、「在る」ものとして、これからも消していかなければ神は現れない・・・・という努力は、
 本当の消えてゆく姿の教え とは違う気がする・・・。

それは、
因縁因果の有限の生活の中では有効かもしれないけれど、
五井先生が本当に望まれた 「消えてゆく姿」 とは違う気がする・・・・。

消えてゆく姿とは “捉われるな”。ということ。 現象に“引っ掛かるな”・・・ということ。

「消えてゆく姿で世界平和の祈り」 とは、祈りに飛び込むことで、、
現象ではなく、神様をつかみなさい、五井先生をつかみなさい、光をつかみなさい、ということ。 
それが、真の救いを体得する方法。

  私たちが創り出してしまった誤解、錯覚は
「私は神ではない、完全ではない」という世界。 因縁因果の閉じた世界。

この自己限定した因縁因果の回転の世界から、自分自身を救い出せるのは、
究極の真理、我即神也 人類即神也 
これこそが真の救い。


人間は本来、神の分御霊であって、 この世のすべての苦悩は、消えてゆく姿であるのだから、
それに振り回されずに、光を摑む。 世界平和の祈りでつかむ。我即神也 人類即神也でつかむ。
それを続けることで、 真の救いを体得できる。

祈り、印、呼吸法、マンダラ、宣言・・・どれもが真の救いを体得できるように、
五井先生が用意して下さった教え。
  
白光の教えは、すごい!
後は、 その教えをどこまで求めるか、探求するか、体得するか。


意識して我即神也であることを認める。
我即神也
「私」は、すべては完璧、欠けたるものなし、大成就。 

 
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by mppoe-light | 2013-04-18 17:59 | 真理について思ったこと