静寂、・・・神聖な場所


お祈りをしていて、ふと・・

「この祈りはどこから来ているんだろうか。
世界平和の祈りは、自我の私の祈りではない、
では、どの「私」が今、肉体の私に祈らせているだろうか・・・・その「私」をつかみたい。。。」

そんなコトを感じました。


そのあと こんなことも思いました。

1月から、車の事故や乳がんのことなどで、心がずっと外側にばかり向いていました。
外側のざわめきがいつもより振幅が大きかったので、心からすれば、それは騒音のようなものでした。

もう騒音、雑音は聞きたくない、意識を切り替えて・・・静かになりたい。
静寂がほしいな、と思いました。

そのためには心を鎮めて・・・
いえ、そうではなく、
外側の世界に揺れる“想い”を捨てて、 
外側の出来事、消えてゆく姿 とは一切関係のない、 光の世界、真理の場
そこに入りたい。
それは何処にあるか、それは自分の中、私の中。

光の世界、究極の真理の世界、静寂、神聖な、成就の場は、他でもない、私の中にある。

私の祈りや、印、言霊は そこから流れている・・・・そう思いました。

だから 我即神也 と認めていく必要がある。
そして 我即神也 は、
私が語ること、想う事、現わすことは、すべて人類のことのみ。人類の幸せのみ。
人類の平和のみ、人類が真理に目覚めることのみ。
 と宣言する。


世界平和の祈りや印は 肉体側の私と、内側の神「私」とを繋げてくれる。

祈りや印を組んでいるときは、内なる神「私」として生きている姿そのもの。

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私の中から流れ出る世界平和の祈りは、どの私から届いているものか、
それは本心の「私」から。 私の奥にある、神意識「私」から。

内側の神「私」との繋がりを、もっと強く太くして、 もっと深い消えてゆく姿が実践できるようになりたいな・・・と思いました。

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by mppoe-light | 2013-03-17 22:39 | 真理について思ったこと