臆さないで堂々と。

c0074000_22341811.jpg


たとえ、さっきまでカルマの私を表現していたとしても・・・

それとは一切関係なく、毎瞬毎瞬の私は宇宙神の光の子、

私の中に、神「私」が存在することは事実なのだから、
宣言するとき、印を組むとき、堂々と我=神也のつもりで行う。
それは本来の「私」の言葉、想念、行為で、
私は神として当然のことをやっているだけ。 
だから
遠慮はいらない、臆さないで堂々と。

私が語る言葉は神そのものの言葉であり、私が発する想念は神そのものの想念であり、
私が現わす行為は神そのものの行為である。



自分の方から神意識に接近していく。 距離を縮めていく。
神「私」の言葉として、行為として、遠慮なく堂々と宣言する。



『私が語ること想う事、現わすことは、すべて人類のことのみ、人類の幸せのみ
人類の平和のみ、人類が真理に目覚めることのみ。
故に 人類のさまざまなる生き方 想念、行為に対して
いかなる批判、非難、評価も下さず
神の無限なる愛と、赦しと、慈しみを与え続けていくのである』


宣言している時の私は“神”! 

今まで 神事、神行を行う「私」と、我即神也の「私」との間に距離を置いていた気がします。
もっと堂々と意識を重ねて、「私は神そのもの」 という気持ちで実践していった方がいいのではないか。

たとえその直前までカルマの感情に包まれていたとしても、我即神也と宣言した瞬間、
私は神!

まだまだ私は自分を赦していない。
もっと自分を赦して、神意識を受け入れるべきだ・・・と思います。

c0074000_22334373.jpg

[PR]

by mppoe-light | 2013-02-14 22:37 | 真理について思ったこと