真理を修めること☆

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・目の前の問題=覚醒を確認する

・目の前の問題をどのように取り扱えるか
自分の覚醒のプロセスがどのように進んでいるかが
自分で解るようになる

・あらゆるものは経験を積むことによって、ひとつひとつ学ぶという構造になっている

・奉仕とは、愛を自分の内に達成すること

・人格を陶冶する 自分にオープンになる 自分の力を信頼する


<松尾みどりさんのお話から>

もう15年くらい前のみどりさんのお話です。 ノートに残しておいたものです。

たとえば、原発には原発の役割があったように、 人生の中で体験するさまざまな出来事、
苦悩の原因となる出来事、それらには役割、役目があるんだ・・・と思いました。
どのような出来事、状況も、善や悪はなく、
病気も、貧困も、それぞれ役目がある・・・。 いろんなことを気づかせてくれてありがとう。
 (やっとそんな風に思えるようになってきたぞ。嬉しいな。)

それらは消えてゆく姿であって、神さまの目から見れば 「ない」(色即是空で)、 のだけれど、
肉体人間観を持った私たちにとっては、究極の真理を身に修めるための大きな体験。


奉仕とは、愛を自分の内に達成すること
人格を陶冶する

気に入っている言葉。  今月の昌美先生の法話にも同じようなことが書かれていました。


神命達成の道は、人格磨きから始まる


人のために役立つ以前に、人のために貢献する以前に、徹底して自分自身を変えてゆく作業から始めてゆかねばならないのである。

自分はもう決して否定的な言葉を語らない、と強く自分を戒め、コントロールできる強い意志を創り上げてゆくことが必要なのである。
そして自分が語る言葉は常に人を愛し、人を励まし、人を歓喜させ、人の存在そのものを高め上げ、敬い、人の幸せを願うことのみ。その言動を通して無限なる光、エネルギー、パワーを注いでいくのである。

 このように、自らの意識を自分にのみ向けずに他の幸せや喜び、他への感謝に向けることにより、自我を乗り越え、欲望をコントロールしやすくなる。
そうすることによって、自らが知らないうちに目覚め、無私なる自分に変容されてゆくのである。 
そしてついに自らに内在せる神聖意識に気づき、目覚めてゆくのである。




○究極の真理を身に修めること。 それが無意識の習慣となるためには、意識的な努力、持続的な努力こそが求められる。
○常日頃の習慣化された絶対なる光明思想こそが人生の幸運の鍵となる

○人間は、規則や法則に従うのではなく、自らの無限なる直観力に従うのである。

今月の法話&指針から


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by mppoe-light | 2013-01-31 22:19 | 真理について思ったこと