「神性は欠けたるものなく、与えつづける」

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思考のなきところに静謐がある。
静謐の内に、始まりなき終わりなき永遠の神が鎮座まします。 


“静謐”という言葉が好きです。 気高く透明で神聖な美しさを感じます。
深い静けさ、荘厳さ。 何もなく、でもすべてが在る(始まる)永遠の世界。
空即是色かな・・・なんちゃって(笑)


神性は完璧そのものである。
神性は欠けたるものなく、与えつづける。


小さな自我の私を空しくし、神意識「私」を認める。
すべては完璧、欠けたるものなし 大成就 の「私」の生き方は 
光ること、輝くこと、与えつづける こと。 



『我思う故に、我在り。』(デカルト1637)
『人間は考える葦である。』(パスカル)

あなたが考えている限り、あなたは統一していない。悟りは明晰な思考ではない。
思考なくして、明瞭に意識的に生きることは可能である。思考することが存在することではない。
思考することは存在にとって必要条件ではない。存在する意識は、無条件に存在する。
思考のなきところに静謐がある。
静謐の内に、始まりなき終わりなき永遠の神が鎮座まします。それが本心である。

デカルトは思考する理性を人間自身であると言った。パスカルはデカルトとは異なる路線を選んだ。そのパスカルも考えることが人間であり、理性そのものであると言った。考え続けるところに、人間の本質がある。そう考えるのが、西洋哲学である。
しかし、本当のところ、考えを停止したところに静謐があり、本心が顕われる。
祈りによって、理性を明晰にして、自分の意志を実現する。そうではない。祈りによって、神性意識を明瞭にして、神の姿を具現化するのだ。

理性は思考し、肉体に区切られる。
しかし、神性意識は輝き、肉体に区切られない。

理性は完璧を求めて、競争する。理性は欠けたるものを補充しようと、奪い去る。
神性は完璧そのものである。神性は欠けたるものなく、与えつづける。

理性は眼の前から積み上げて、天に昇ろうとする。
神性は成就した神の姿を地に降ろそうとする。

理性は物事が生ずるメカニズムを明らかにしようとする。
神性は言霊を唱えて、神の姿を具現化する。

ピタゴラスさんの 「神性の文明と理性の文明」から



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by mppoe-light | 2012-11-16 19:54 | 真理について思ったこと