必要なのは究極の真理

c0074000_21123752.gif


宇宙というのは、すべて完璧、欠けたるものなく、余分なものもなく大調和している。
いつもいつも完璧に大調和して在りつづける。
その同じ宇宙が私の中にも・・・・・すべての人の中にもあるはず。

自分の中にも無限なるものすべてが満ち溢れているのなら、
私の役目は、それを外に向かって表現することなのか・・・。 
宇宙の大調和の流れを滞らせてはならないから。
そうでなければ宇宙の大調和は崩れてしまうから。・・・・
と、そんなことを ふと考える・・・。

だから、自分の中に溢れるものを外に向かって神性を顕すこと、
世界に向けて与えること、
それが人間の本来の姿なのかなぁ・・と思う。

大切なのは、宇宙の大調和の活動を妨げないこと。 
調和している流れを留めたり、誤った方向に使わないこと。 
そうすればすべては完璧な状態になる。 ・・・と思う。

人間は長い歴史の中で
不完全な状態を どうやって良くしようか・・・という思考で生きてきたけれど、
もともと人間は完成された完璧なもの。 肝心なのは、その姿を思い出すこと。

消えてゆく姿を消しきることで、物事が改善され良くなる・・・ という因果説の思考をやめ、 
不完全な状態は消えてゆく姿なのだから、意識をそこに留めず、離して、
そして本来の姿(神性)を認め、思考を転換して(果因説)生きる。

すべては完璧 欠けたるものなし 大成就


今の自分の考え方の奥には、根底に神意識があるのか、ないのか。
(神性を認めているのかどうか・・・)
もう、因果説の中だけの想いの法則を持ち出していても始まらない。
本当の解決にはならない。 
必要なのは究極の真理、我即神也 人類即神也

と、
真理について、こんなことを考えてました。




c0074000_21103959.jpg

[PR]

by mppoe-light | 2012-09-21 21:15 | 真理について思ったこと