「本来の自分は現象の中に生きてはいない」・・・・・

一時的に不安、恐怖、動揺したにせよ、自らの心がそれらのマイナスの状態に一切把われることなく、我即神也そのものに意識を向けるならば、やがてそれらのマイナスの状況は完全に消え去るのである。
なぜなら本来の自分は現象の中に生きてはいないため、マイナスの現象を引きつけることなく、究極の真理、すべては完璧で欠けたるものなしの、神そのもの、光り輝く世界が必ず顕現されてくるのである。

白光誌 8月号から


習慣の想いは、自分自身を時系列の中で判断する。
つまり、過去を根拠に評価する。現象の中でしか自分自身を見ていないのである。「鶏が先か、卵が先か」とはよく言われることだ。
自分自身について重要なことは、「意識が先か、現象が先か」である。
習慣の想いは、必ず現象を基に意識を働かせるのである。
神の視点は、必ず意識を基に現象を創るのである。

ピタゴラスさん


本来の自分は現象の中に生きてはいない

神意識=私は、現象の中にいるのではない

過去からの時間の流れ、時系列の中に、本来の私は見つけられない
私は・・・
途切れることのない永遠の意識「私」
それは
時間は過去から未来へと横に流れていくもの・・・と考えるなら、
「私」は 縦に降りていて (奥から?、上からといってもいいのかな) 瞬間、瞬間 肉体に届いていて、
それは、常に完璧で 欠けたるものなし 
だから
私は完璧、すべては完璧、  なのです☆

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by mppoe-light | 2012-08-07 17:44 | 真理について思ったこと