自分の存在そのものが「大成就」に値する

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祈りの言霊が新しくなりました。
すべては完璧、 欠けたるものなし、大成就

気に入っています。


大成就


 かつて、会長の法話には『厳然と存在する』というフレーズが数多く登場することを示した(13-8参照)。

『厳然と存在する』ものとは『我即神也』であり、神性、無限なる神性の宝庫、神意識である。
『厳然と存在する』ものは神界の神の姿である。それは既に成就している姿である。
その姿を認めさえすれば、その姿は現象界にも成就する。そうでない現象の姿は、『宇宙神の聖にして神秘なる力』によって変容されてしまう。つまり、消されてしまうのである。

 『大成就』とは『我即神也』による、神性顕現の宣言である。
『厳然と存在する』姿を現象化させる宣言である。神性の姿は宇宙神が定めた姿である。つまり、天命を完うした姿である。天命を妨げるものは一切何もない。
『大成就』つまり「天命の姿を受取る」宣言をすれば、神性そのものの姿が顕現してくるのである。『自らが望むことはただ受取ればよい』(2007-04)のである。

 『大成就』は神の宣言であるから、宇宙神の力がそこに同調するのである。
『大成就』は祈りを積み上げてきた人間の宣言ではない。祈りによって目を覚ました『我即神也』の宣言である。
『大成就』は『空即是色』の宣言である。果因説の宣言なのである。
いずれにせよ、『大成就』とは『宇宙神の御心を受取ります。有難うございます』という宣言である。
その姿は我々の内に初めからあった姿である。イエス・キリストは「天国は汝らの内にあり」と説いた。
その「内なる天国」を受取ることが『大成就』である。

 「厳然と存在する姿」=「神の姿」=「天命の姿」=「宇宙神のみ心」=「空即是色の色」=「果因説の結果」=「内なる天国」は「すべては完璧 欠けたるものなし」である。

今後、神人は「すべては完璧 欠けたるものなし」を受取るだけなのである。
受取るのに必要なのは言霊だけである。
それ以外に何か必要と考えるならば、改めて自分を赦すのだ。
自分を愛するのだ。自分を神として褒め称えるのだ。
自分の存在そのものが『大成就』に値するのだ。

自我の言葉・想念・行為は善であれ、悪であれ、自分の存在には一切関係ない。本心には一切関係ない。神性の『私』には一切関係ない。
 宇宙神の賜物を受取る時は、無条件に受取るのだ。只、感謝で受取るのだ。
受取ったことを『大成就』という言霊で確認すればいい。確認しつづければいい。


 『(神人は)欠けたるもの、余分なるもの一切なし、すべて完全円満、完璧、成就、大調和、神そのもの』である(2007-12)。

 『神人の未来はすでに宇宙の法則で定められている。最も素晴らしく、輝かしく、至福と幸せに満ちた、栄光そのものの人生が神人の前に生じるのである。神人一人一人の上に、、、、確実に!! 絶対に!!』(2007-12)

mixi ピタゴラスさん


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『大成就』は祈りを積み上げてきた人間の宣言ではない。
祈りによって目を覚ました『我即神也』の宣言である。


うんうん・・・そう、大成就は自我の宣言ではない、我即神也の宣言。
自我の宣言にしてしまうと、ツラくなる。

光を目指して自力で(自我を消し去って)登るのではなく、 
真理の言霊を積み重ね、光をこちらに引き付ける。  と、思ってる・・・・。
(私たちはすごいことを教えてもらっているのだなぁ・・・改めてびっくり☆)

そんなことがなぜ可能なのか、もちろん 私たちが「我即神也」だから!

自分の存在そのものが『大成就』に値するのだ。
神人は「すべては完璧 欠けたるものなし」を受取るだけなのである。
受取るのに必要なのは言霊だけである。それ以外に何か必要と考えるならば、改めて自分を赦すのだ。
自分を愛するのだ。自分を神として褒め称えるのだ。



な、泣ける言葉だ・・・・自分の存在そのものが「大成就」に値する・・・、 この言葉、頂きます♪・・☆

日々の日常に生きていると 今の世界が”真実”だと思い込み、
肉体側の私が本物である・・・と勘違いしてしまう。 
現象世界の私は、「影」。実体のない空っぽなもの。
それなのに
いつの間にか「影」の方が重要になり、そのことに意識が支配されてしまう。 
支配された「影」の私は、

「今の自分が言霊を繰り返すだけで、大いなるものが本当に成就するのだろうか・・・」
と、真理を疑う。成就を疑っている。 
つまり、、、本来の姿を顕現することを自分から拒否している。
これでは私の神性は顕れない。。。

 
私の命は宇宙神から流れる光。私の最も深いところで常に繋がっている。
だから私の内には 無限なるすべてが内在している。
よって、私は神性を顕す者。
祈れる私は、大成就に値するもの。 
 
この世界は、大いなる神の完全性を顕すための場。
神の完全性を受け取り、顕す。映し出す。

そのために 真理の祈りと言霊を積み重ね、 
「神の完璧、欠けたるものなし」のを引き付ける、受け皿になる。

神性は、真理の言霊の響きに共鳴して顕れる。
どんな自分であろうとも、いかなる自分であろうとも一切関係ない。
(だって影だもんね。。。消えてゆく姿だもんね。)

神の完全性は 真理の言霊に呼応し、流れ来るのみ。


と、、、こんな風に私は理解している・・・理解することにした!・・・のだっ


受取ったことを『大成就』という言霊で確認すればいい。
・・・・・正直言って、これはまだ上手くできないなぁ。。。
果因説だからそうなのだけど、、、 これはやはり言霊を積み重ねて自分のものにしていくものか。

今は新しい言霊を唱える のみっ☆

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by mppoe-light | 2012-06-11 22:35 | ピタゴラスさん啓示録から