どんな分野でも探求していけば・・・☆

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考古学者がいろんな仮説を立てて、それを立証するために発掘する
ずいぶん前には、その様子がTVの特番などでよく報じられてました。
(ピラミッドとか遺跡とか・・)
当時子供だった私、それを見ながら思っていたのは、

探している真実は既あって、ただそこまで手が届かないだけ。
求めるものは、在るべき場所に必ず存在しているのに・・・。 
人間だけが判らない判らないって言いながら、地面に穴掘ってる。。。。
そして いろいろ想像しては、考古学者が仮説を立ててを発表してる・・・

なんか不思議~、ヘンな感じ

とよく思いました。

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  真実は一つ。 もう既に決まっている真実
その真実に仮説を立て発掘し、それによって学説が発表されて、
で、その結果が正しいと思っていたら、
数年後また新たな発掘で、それまでの事実が覆されて、また新しい学説が登場して、
それをみんなが認めて納得する。
 
当たり前と言えば当たり前のことで、別にどーってことないことなのだけど、、、
私にはそれが奇妙に思えました。
(そんな風に思うのは、私だけか・・・(^_^;) 

それは考古学だけじゃなくて、物理とか化学とか・・・歴史も同じみたいで・・・、
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子供の頃思ってたのは、、、

どんな分野の学問でも とことん追究していけば、すべて繋がってくるのではないかなぁ
最後は同じ結論に辿りつくのかも・・・

と思っていました。 
なーんの根拠もなく、なんとなーくそう思ってました。(笑)

学校で学ぶ科目もそうだと思ってました。 
国語、数学、理科、社会、音楽、美術・・・
どれも突き詰めれば 最後に人間の存在や自然界が現れてくる・・・と思う。
たとえば、、、、
数学だって 数学者の人は 数式に美しさを感じると言われます。
美しさを感じる・・・とは
数式を通して、世界の美しさを見ているのではなかろーか・・・
数学じゃないけど、 バッハの平均律は数学的な曲 と言わていて、 旋律の中に数学のような規則性というか法則みたいなものがあって、
それが美しいのかも・・・

んー、、、結局 何が言いたいのかと言いますと、

どんな分野でも、とことん追究することは、 自分を掘り下げることになるってことで、・・・自分の中の真理に出合うことができる

だから学問や仕事だけじゃなくて、 
人生で どんな環境、境遇に置かれていても、真摯に生きれば、
自然と自分を掘り下げていることになって、真理の探究に向かっていくの・・・・だっっ~!

と、思う私なのでした。

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by mppoe-light | 2012-04-07 20:03 | どってことない話☆