「私」の本来の場

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究極の真理(我即神也 人類即神也)、光。
「神」である『私』は常に在るのだけど、常に無限なるものすべては在るのだけど・・・、
意識が認めない限りは闇の中。

無意識の闇から無限の光へ
意識して自分の神性を認め、自覚して生きる。

自らが神であるという大前提のもと、自らの心の在り方に注意を払い、

無限なる愛の心、無限なる感謝の心、無限なる赦しの心、無限なる能力、無限なる叡智を秘めていることを自覚し、生きてゆくことが肝心である。

全身全霊をもって神の子として生きる
(今月の法話から)


無意識の闇の世界は消えてゆく姿、過去はない。 
無限の光の世界だけを認める。

神性を自覚し、宣言し祈る。 
そこには過去では体験したことのない喜び、癒しがあって、上手く言えないのだけど不思議な幸福感。 
神なのだから、神でありたい。神であることが嬉しい。すべてが美しく神聖なのだと思える。
神を表現したいと思う。

失敗もする。(T_T) いっぱい。。。
現象世界と向き合った時、神の子でいたつもりの「私」が、過去の「私」に戻っているから。

すべてが美しく神聖なのだと思える、神であることが嬉しい、神を表現したい・・
そう感じた「私」の場。そに居続けることが出来るようになりたいから続ける。


究極の真理によって、人は迷いから解放され、神を顕わすことが出来る。
とは言っても、無意識の自我の主張を「我即神也」に置き換えてゆくには根気がいる。
同じことを何度も何度も言い聞かせる。
印と言霊によって、「我即神也」をこの世に顕わしてゆくことができる。これも同様、何度も何度も印を組み、何度も何度も言霊を唱える。
無意識の主張をキャンセルし元々の自分の姿に戻るだけなのだが、根気がいる。
夢から目覚めて、正気に戻るだけなのだが、根気がいる。
今年も、根気よく、赦しと愛、厳然と存在する神の姿、本来の姿、完全・完璧・大調和・至福の神、それを表現する言霊、印、感謝しつづけるのである。
自己意識を本来の自分と同一であると宣言しつづけるのである。

 根気がいるのだが、現象の自己を改善しようすることに較べれば易行道である。
自分が自分の真の姿である神性だけを見ること。続ければ、必ず「大成就」を体験する。

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by mppoe-light | 2012-03-06 22:44 | 真理について思ったこと