「そのままにして神」

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今まで散々 ここで、 我即神也について書いてきたのだけど、
では実践のほどは・・・と言うことで
・・・・気づいたことがあります。

宣言しながらも、肝心な意識の方は 我即神也 に距離を置いていたようです。
 がになっていない。 遠慮がち?な 我即神也 だった。。
 自己否定は根深いもんだなぁ・・・と思う。
自己処罰もそう。 これも長い間、因果の世界に馴染んで生きていたせいか・・。
失敗をすると自己処罰の想いが出て、意識の切り替えに時間がかかる。
自己処罰は不完全な世界の不完全な生き方に過ぎない・・・。 

もちろん反省は大事だけど、反省したら消えてゆく姿なのだから、
次は神さまの方へ、光明の方へ意識を転換するべきなのに、
自己処罰の想いが、足を引っ張る。。因果の世界へ戻そうとする。(;一_一)く、くやしい☆
が、 
ずるずると引っ張られてはいけない。 私は本来神なのだ。
捉われてしまえばそれだけ自分の神性を妨げるだけ、
自分にとって、人類にとっても世界にとっても残念で、もったいないことです。

神性を復活させるために 今更カッコつけて遠慮なんかしてる場合ではないのだっ。

素直に飛び込んでしまいたい~。 
初心に帰って、言霊、神語の宣言の際の気持ちを見直そすぞ 。
こーなったら、もっと気持ちをストレートに自分を褒め、称えてやるっっ

  

c0074000_1594391.gif私は、神である。 私は、光り輝いている。 私は、美しく清らかで気高く尊い。
私はすべてに愛され、充たされている。 
私はすべての人を愛し、慈しんでいる。
私は素晴らしい。
神さま ありがとうございます

自分の完全性を認めれば、 自然と感謝が湧いてくる。
喜びや慈しみが湧いてくる。
だから、真理は(法則は)ちゃんと働いてくれるのだ☆
だから、

究極の真理は、人類が悟ろうが悟るまいが、真理を知ろうが知るまいが、すべては神にお任せすればよいのである。 
肉体を持った私はそのままにして神である ということに尽きるのである。

3月号法話 から

我即神也

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by mppoe-light | 2012-02-26 15:12 | 真理について思ったこと