平和の原点 我即神也

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今月の昌美先生の富士での法話から すこし選んでみました。

そこは真髄、(真の)祈りがあるかないか。
真似して世界各国祈ったとしても、そこに本当の祈り、「我即神也、人類即神也」がなければ、形式的な物質的な自己満足に終わる。


何が一番いいのか、欠けたるものなければいい、大調和して。
大調和。
大調和の中には病気もなければ、お金も欠乏することもなければ、飢えることもなければ、人を恨むこともない、
愛そのもの。 だから無限なるそのもの。
人類即神也、我即神也、そのもの。

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ふむふむ。。。(・_・) 

私たちの平和を祈る祈りが なぜ素晴らしいのか、なぜ威力があるのか

祈りも 印も マンダラも 言霊も・・・すべての神示は「我即神也、人類即神也」という最も大切なものを表現したもの、根源を形にしてある、 
実践すれば凡夫が迷いの中にいながらも
神の姿、神の言葉、想念、行為を表現できるようになっている・・・ 
いつの間にか 果因律の法則に乗れるようになっている・・・そんな風に思えます。

根本は、 「我即神也 人類即神也」 =本来の自分、自分の本体と統一していくこと。
これは世界平和の祈り の時から、同じだと思う。

五井先生は業想念と本心を分け、祈ることで、 

天の本体は地上に向かって 「人類よ平和であれ!」 と言っており、
地上の私たちは「世界人類が平和でありますように」と言うことで、 
これでまっすぐ一つにつながる(統一する) と教えて下さってました。

「神様の御心と一つになることが統一ですよ」 (← 統一CDの五井先生の言葉)

我即神也=本体の「私」とまっすぐ繋がる。
私は神界で完成している。神界には常に完成した「私」が存在している。
そして 地上の私と天の「私」は意識を通してまっすぐ繋がっている。 
途中の余分な固定観念さえなければ 今すぐにでも 天の「私」を取り戻すことが出来るはず、なのだけど・・・うぅ~。。 固定観念が手強い、のだ。

果因説で唱えるのみ。 必ず大成就する・・のだっ



 『内なる神我は常に、天地一体となって祈り、印を組んでいるのである。
 本来の自分は、自分の知らないところで祈っていたのである。宇宙神と自分の本体とは、常に自己の内なる祈りを通して強く固く結ばれ、宇宙神の崇高なるヴァイブレーション、無限なる能力、愛、叡智、癒し、感謝、成功、、、などのヴァイブレーションと同調していたのである。

 故に、外面の自分が正しいか否か、真理そのものであるか否か、愛深き人であるか否か、否定的想念に覆われているか否か、能力のあるなしなどは、全く関係ない。本体なる自己は、そうした二元対立の次元を超え、宇宙神の波長と全く一つに融け合い、無限なるものすべてを含み、常に祈りを放ちつづけていたのである。
自己の内に神々しく崇高に光り輝いている我即神也(本体)と出会うであろう。それは五井先生の霊光写真そのものと全く同じである。自分の本心、本体は、光体そのものなのである。その五井先生と全く同じ自分を発見するのだ。』(2011-3 P14-17)



この法話はピラミッド神事の主旨を解説されたものである。しかし、このテーマはピラミッド内に留まるものではない。このテーマは「自分とは何か?」という最も本質にかかわるものである。

「自分の正しさ、愛深さなど全く関係なし!」

これは、何度も自分に言い聞かせるべき真理である。宗教的な人であればあるほど、自分の正しさ、愛深さを自省し、自分を神と崇めることができないのである。罪の意識から自らを解放できないのである。過去の宗教には、そのようなマインドコントロールの要素が多かれ少なかれ含まれていたのであった。


「自分の正しさ、愛深さなど全く関係なし!」「不完全な自分はさておき」
「業想念の自分はどうであれ、自分自身を、人を積極的に愛しつづけるのです」(1998-5)


というフレーズは、逆説的に聞こえるかもしれない。しかし、真理はその通りなのである。
もっともっと深く自分を赦し、愛していいのである。自分を赦し、愛するなら、完璧に赦して、愛そうではないか。宇宙神と一つに融け合っている自分を見つめようではないか。五井先生の霊光写真のような自分を想像してみようではないか。この世に神の姿を顕わすのは後の話でいいのである。先ず、自分が神そのものであることを想像してみるのである。

自分を徹底的に愛した人は、自ずと正しき人となり、自ずと愛深き人となる。
立派なことを思い、行うことができて、自分を愛するのではない。自分を神と尊敬するのではない。現象世界には何の実績も、物証もない。それでも自分自身を神として愛する。これに勝る偉大な愛はない。そこに世界平和の原点がある。


神語:

『私』は、地球の安寧と世界平和のために祈りつづけてきた。
『私』は宇宙神と一つに融け合い、祈りつづけてきた。
  『私』は神々しく光り輝く光体である。

 
ピタゴラスさん「自分の正しさ、愛深さなど全く関係なし!」  から


自分を徹底的に愛した人は、自ずと正しき人となり、自ずと愛深き人となる。

だから安心して自分を赦し、自分を愛する

私は神だから神聖で純粋で欲がなく、 気高く美しい

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by mppoe-light | 2012-02-10 16:49 | 真理について思ったこと