神的な認識の結果 = 成就

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宇宙神が一人一人に与えた自由意志に、自我が生じた。自我は自己と人類に勝手な「思い込み」「定義」「レッテル貼」をしてしまった。これが現象世界、知覚、体験を作り出した。知覚は自己流思い込み・定義・レッテル貼の結果なのである。
今度は自由意志で神性に意識を向けるのである。自分の神性を認識し、人類一人一人の神性を認識するのである。そして、万物の神性を認識するのである。
自己流ではない、本来の神的な認識の結果をこの世に写し出すのである。

現象界という真理とは真逆のような様相の只中にあって、真理を確証するところに、真理が顕現するのである。「成就」の世界が顕われるのである。
 この「真理の確証」を行うのが赦し・愛・感謝・印である。
赦しとは自己流思い込み・定義・レッテル貼をキャンセルすることである。
周囲にいる人、街で単にすれ違う人、周囲の自然環境、社会環境、場所、物、出来事、、、ほとんどすべてに自己流の思い込みが入っていることに気づくべきだ。その思い込みが自分の人生の質を規定していたことに気づくべきだ。
その思い込みを一つ一つキャンセルして行く。そこに大いなる赦しがある。そして、すべての人、場所、物に神性を認めて行くのである。そこに大いなる愛がある。そして、すべての人、場所、物に「ありがとうございます」という言葉を投げかけて行くのである。そこに大いなる感謝がある。

mixi ピタゴラスさん の 「すべては必ずよくなる」 から
 

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「人間と真実の生き方」 みたい。(・v・)

現象界という真理とは真逆のような様相の只中にあって、真理を確証するところに、真理が顕現するのである。「成就」の世界が顕われるのである。

思い込みをキャンセルして、(消えてゆく姿にして)
すべて(自分、人類、万物)の中に神性を観ること、神性を認めることで
「成就」世界が顕現する

はじまりは いつも 「私」が何者であるか・・・ 
「私」が本来神であることを信じる。
そこから 自分、人類、万物、の神性を観る・・・「成就」が展開される

果因説のポイント ☆「実績は二の次にし、まず自分を神と宣言し、神と認める」

「我即神也」がしっかりできないと、深い「人類即神也」はできない。
「我即神也」がしっかりできたなら、自然に「人類即神也」ができる。



「私」は神、光り輝いている神そのもの。 
すべてに満たされ、すべてに愛され、すべてに抱擁され、すべてに祝福されている
完璧に大調和された存在。
大成就!
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by mppoe-light | 2011-12-26 13:13 | ピタゴラスさん啓示録から