真理に基づいて語る習慣 を作る☆

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⇩ これも一年前のものです。 その時は 何とも思わなかったけど、
今読んでみたら良かったので、⤴ 載せることに(^-^)☆

神語レッスン

いくら英語の受験勉強をしても、英語は喋れない。それと同じで、いくら宗教に入っても、神の言葉(神語)を喋る人は少ない。英語の場合、受験勉強とは別に英会話教室が必要である。同様に、神語レッスンは必要なのである。
例文を用意して、自分で唱える。人に語る。人に語ってもらう。みんなで語る。
口と耳と脳で覚えるのである。脳に新しいニューロネット(脳神経網)を形成してゆくのである。
 過去の記憶―否定的感情、現象-否定的感情の繰り返しというパターンは誰にでもある。言うまでもなく、このパターンはカルマである。カルマのニューロネットが脳に作られているのである。
それならば、新しいニューロネットを創り上げる。つまり、習慣になるほど神語を唱えるのである。過去を基にして語るのではなく、真理に基づいて語る習慣を作るのである。
これは「世界人類が平和でありますように」を繰り返すのと同じである。
しかし、神語はイメージが豊かで多様性のある点で異なるのである。

神語を語る人は、神になったつもりで語る。チャクラが開いた人が語るのであるから、語ることは現実に顕われる。神語を語ることによって、「私が語る言葉は神そのものの言葉である。我、言葉想念行為に我即神也を顕現する」という宣言文や起床時の行で使う言葉を実地に移しているのである。
神語を語るのは神である。自分の本心である。既に厳然として存在している神そのものの自分が語るのである。神が既に出来上がった完成された神の姿を語る。そして、その語ったことが現実に顕われてくる。これが果因説の原理である。

神語で語る自分の姿は過去の記憶によって汚れていない。それでいて、神語を語ると、太古の自分自身の輝かしい記憶が蘇ってくるのである。これこそが、我々が探し求めてきたものではないか。

自分の内に神を視て、神を感じ、内から神を顕わすには、「仮に」と言う言葉は許されない。それは厳しい領域である。しかし、言葉から入って真実に至る道は易行道である。
「仮に」自分は神であるとして、神の言葉を唱えればいいのである。その気があれば、誰にでもできる。喋る言葉は、現実化するのである。
「嘘から出た真」という言葉がある。『言霊は威力』と言った方が正確だ。ただ、一般には光明意識の土壌が未成熟であり、強い宗教観念があるため、神語を唱えることに抵抗感を感じる人が多いのである。

たとえ冗談であっても、否定的な言葉は、良くない状況を生み出す。カルマの姿だ。
たとえ「仮に」であっても、神の言葉は神の状況を生み出す。神の姿だ。
「消えてゆく姿」である「カルマの姿」を相手にせず、不完全な自分はさておき、意識して神語を語ることだ。
mixiピタゴラスさん
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ピタゴラスさんお奨めの神語(言霊)と+ 「地球の安寧と世界人類の平和のために・・・
全ては必ずよくなる 絶対大丈夫、大成就!」 を繰り返していますが、、、

とっさに 「絶対大丈夫、大成就!」 と 素早く意識の切り替えが出来るように、
これからも繰り返していかなければ・・と、読んで思いました。
  
習慣になるほど神語を唱えるのである。
過去を基にして語るのではなく、真理に基づいて語る習慣を作るのである。



外側の現象に気持ちがつられ過去の習慣で反応してしまう、同じような感情を繰り返す。。。(T_T)
そこから抜け出したいと思う。
 だからこそ、今 やらねばっっ ☆☆☆


すべては必ずよくなる 絶対大丈夫、大成就!

「我即神也」
私は本来神である。神そのものである。一つの欠けたるものなく、余分なものなく、
まったく完璧に大調和された神そのもの。


私は宇宙神からきた光、 その私を侵すものは一切なにもない
大いなる源泉とつながる私は、その溢れ出る光を地上に放つ者。・・・・・ ☆

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by mppoe-light | 2011-12-21 18:00 | ピタゴラスさん啓示録から