消えてゆく姿を・・・☆

消えてゆく姿を 
過去を消して神になる       として行う・・・か、
そもそも究極の真理の前に過去はない  として行うのか
c0074000_223349100.gif


過去は(業想念は) 「私」が消すんじゃない、 消すのは守護の神霊のお仕事
「消えたんだ」 と思えなければ、守護霊さまに その荷物を預けてしまって、
それ以上想いの荷物を掴まないで、 いったん荷物のことを忘れるつもりで光の中に(祈りの中に)入ればいいのに。。。
と、消えてゆく姿と格闘している人を見ると そう思います。

大きな荷物の時は、そりゃぁ光の中、祈りの中に入るのには時間もかかるけど、
今は印や呼吸法もある・・・・ 

人間は本来神の分御霊 なのだと知ったら、それ以外は消えてゆく姿なのだから、
消え去っていくものへ意識を向けたってしょうがない。
分御霊の方へ どんどん意識を向けなくては。

人間は本来分御霊 と知った時から、もう果因説が始まっているんだと思う。
あとは、 因果律から果因律への思考回路の転換。
これが一番やっかいなのか。。。。
いずれにしたって、消えてゆく姿の教えはとても大切なもの。
入り易く判り易い教えだけど、深い。 これがなければ果因説もやっていけない。
意識の切り替えもできない。
c0074000_22351170.jpg


宣言と印。

継続が大切だなーと思う。 怠けると、ささいなことで心が重くなってくる。
宣言や印を組んだ後の、スコーンと突き抜けたような軽さが好きです。
だから毎日続けて行けるのだと思います。
宣言が、少しずつ自分の言葉のように語れるようになってきました。 ちょっと嬉しい♪

自分が自分に向かって発する。 自分以外の誰かに言うわけではない。
誰かに納得してもらうために言うのでもない。
だから、どんな自分であろうとも、それは気にせず堂々と 

「我即神也」 「私は本来神である、神そのものである。 本来完璧そのものである。
まったく完璧に大調和された神そのものである。」
と宣言。

果因説を信じて、言霊を信じて。

講師、導師、たまに研究員の方の いろんな講話を聴いてきたけど、
みなそれぞれタイプが違う方々。だから真理の説明もそれぞれ違う。
今は、どんな講話を聴いても、読んでも 以前のようにグラグラ揺れることがなくなりました。
自分に合ったやり方を掴んだから。 自分の選んだ真理への取り組み方を信じます。
あとは、昌美先生の毎月の法話に沿って、意識を上昇していけるよう果因説、言霊を信じてやっていく・・・のみ。

自立、目指してまっす!

c0074000_22362369.gif

[PR]

by mppoe-light | 2011-10-28 22:40 | 真理について思ったこと