想いが、神様側にあるか、肉体側にあるか

今月号に掲載されていた、「明日へのガイド」 から

 このみ教えは「人間は本来神の分御霊である」 すなわち我即神也に端を発しているのであり、物質世界の自分が基盤となっているのではありません。
                      ※

要は想いが、神様側にあるか、肉体側(物質的世界)にあるかによって環境は大きく変わってくるのです。 どんな時も光明思想、感謝に徹していれば、自分は何時も神様側にいることになり、本体の自分と一つになっているので、自分の周囲にも神の世界が広がってきます。そして運命が自然と好転してゆくのです

五井先生は、
消えてゆく姿で世界平和の祈りを実践しながら、本心と業想念を分けるよう教えてくださいました。
ルンルン♪で調子の良いときは、意識は神様側に置けるのですが、
マイナスの現象に遭遇し、想いが業想念にどっぷり浸かってしまった場合、そこから抜け出し意識を光明方向、神様の方へ向けるのは、やっかいなもの。

想いがどうしても落ち込んでしまう時も多々あるでしょう。そういう時こそ、自分が守護霊、守護神になったつもりで、自分自身を褒め称え励ましてあげるのです。
あなたは、こんなに苦しい中でよく頑張っているね」と、いっぱい褒めてあげるのです。すると、魂の底から、勇気が光明が歓喜が、絶対大丈夫という思いが溢れ出てきます。余計な想いを張り巡らせず、ますます人事を尽くして一生懸命やっていくのです


回答者が竹内さんだったので、懐かしくて、久々に「明日へのガイド」を読みました。(*^_^*)

2年くらい前、
講話の後、私の車で空港まで竹内さんをお送りしました。その時、 
私の方から、「人間と真実の生き方」や 果因説について の自分の理解したこと、考えていることを話しました。 
竹内さんから 「そうです、その通り」 と言ってもらえたことがとても嬉しかったのを思い出しました。

c0074000_21563021.gif


自分の意識を次元上昇(神意識)させることが、世界人類の恒久平和へ
形を変えるのではない、本質を見極める、
これは世界にも自分にもあてはまる同じこと・・・だ☆

c0074000_21595037.gif


mixiピタゴラスさん
どちらを選択するのか

 現象の世界と神の世界(神の国・天国)は全く異なる世界である
それと同様、自我と「神なるもう一人の自分」は全く異なる存在である
同じ自分でありながら、この二人はお互いを知ることはない
お互い話をすることすらない
唯一、自己意識という次元軸が共通項である

現象の世界をよくするのではない
 神の世界を宣言し、承認し、呼び出すのである
 
 あなたはいつも二つのうちどちらかを選択することができる
 一方を承認し選択することは
 他方を否定し手放すことである
 一方を否定することは
 他方を承認することである

 「消えてゆく姿」と現象の自我を否定することは
 神の世界の「神なる自分」を承認することである

 神の世界の事実を変えることはできない
 事実とは「神なる自分」「我即神也」のことである

 あなたはいつも二つのうちどちらかを選択することができる
「我即神也」の事実を『宣言し承認する』のか
 そうすれば、その事実に喜びが溢れ出る
 「我即神也」の事実を否定するのか
 そうすれば、その幻想に苦悩する

 あなたはいつも二つのうちどちらかを選択することができる
 神の世界を貫くのは神の法則・神の意思
 そこでは「心は安らぎ、世界人類は平和である」(注1)
 現象の世界を貫くのは想念の法則・自我の意思
 そこでは「求めよ、されど満たされまい」

 神の世界では、宇宙神のすべてが与えられる
神の世界に生きる人は果因説に生きる
 現象界では、求めるものは、逃げてゆく
 現象界を生きる人は因果律に縛られる                

注1 「本心の世界では世界人類は平和なんです。」   「光明の生活者」P.102
 


c0074000_221064.jpg

[PR]

by mppoe-light | 2011-06-03 22:05 | ピタゴラスさん啓示録から