自分が無いことが自分が在ること

自分が無いということが一番のんきだ・・・・と五井先生は言われました。
c0074000_23172711.jpg


どうしてこんな余計な感情が(負けず嫌いの感情なんだけど)出てくるんだろ・・・ 
自分がなければこんな想いも浮かんでこないはず。 
自分が無ければいいんだ。
肉体側の自分はいらない、、、必要なのは神性の私、我即神也 
自分を空しくするとは、我即神也 ってこと・・・


そんなことを思っていましたら 急に気持ちが軽くなり、胸もスース―と通りがよくなり、
すっきり爽やかになっていました。 
そして、
それまで嫌だと思っていたことを素直に受け入れる気持ちになり、
好きではない人(早い話が嫌いな人なんだけど。。。。(笑) が好きに思えました。

自分が無ければ、人の幸せが自分の幸せ、喜びになるんだなぁ・・・とその時思いました。

人の幸せが自分の幸せだなんてすごいこと、 自分が無いことは幸せなことなんだな・・・・と
しばらく感じていました。
この状態がずっと持続してくれればいいのだけど、ま、そんなことはなく、( ̄▽ ̄;)
しばらくすると、また元の感情の自分に戻りました。。。 おいおい、やっぱりかい。 

普段、我即神也 と宣言しておりますが・・・
我即神也=肉体側の自分は無い  と意識していた方が良さそうと思いました。
消えてゆく姿の教えはどこまでも重要です。

形あるものは形なきものの影である  だから 影の側の自分は無いのだけど
その影の世界で神性を顕現するというのが人間としての本来の姿、お約束です。

消えてゆく影の世界に身を置きながら、意識を高くして神性を顕現するなんて、
んも~、、、ややこしいー。。。

でも、人の幸せが自分の喜びに思えた時のあの気持ちは 幸せで平和で、軽くて清々しいものでした。 あんな気持ちにいつもなりたい、そういう自分でありたい と思うから、
我即神也を目指して日々がんばっているのかも。

自分が無いということが一番のんきだその時、私は神そのもの 
 
私は神だから愛深い、神だから慈しみをもっている
そして神だから、自分の欲すものを創造することができる、
というより、
自分にとって必要なもの、ふさわしいものは常に整えられる
なぜなら、
私は神だから、神聖で、純粋で欲がなく、崇高であり、
神だから、高貴で、光輝き、偉大である 
から。
c0074000_23152775.jpg

[PR]

by mppoe-light | 2011-03-26 23:18 | 真理について思ったこと