「自立」 について

「自立」 を考え始めたのは、 ずいぶん前になります。 
当時は昌美先生の法話でも、目立って自立という言葉は出ていない頃でした。 
それでも 法話を読んでいると、昌美先生が 会員に自立を促しておられる気がして、法友に「昌美先生は私たちに自立を求めておられますよね」 と話しかけたことがありました。
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もともと宗教が苦手なので、 ご利益とか徳とか・・そういったことには無頓着で、 
「徳は有限、我即神也は無限・・・ならば、我即神也を目指すしかないではないか」・・・とも考えておりました。

自分以外の何かに頼る、依存する ということは、自分で自分の力・能力・尊厳を放棄しているような気がします。 自分から自分を捨てているように思えます。
捨ててしまうと、それだけ自分の内側が空っぽになり・・・ますます我即神也から遠ざかってしまいます。自分の内側が空っぽになると、それを埋めるために、さらに外側に力を求めてしまうからです。

けれど、 
今、形の世界で肉体を持ちながら、自分だけで生きるのは限界があります。
私などは、毎日薬を飲むことで体調を維持しているのですから、
そこで「薬をやめて無限なる健康を顕せ」と言われても困るわけです。 
自分を責めざるを得なくなります。

今の自分にとって本当の「自立」ってどういうことだろうか・・・?

ここ最近、昌美先生のお話の中に、「自立」 という言葉が登場するようになりました。
今月の富士でのお話もそうでした。
その中で、注目した言葉がありました。

神とともにいる自立 
 
我々はもともと守護霊、守護神、宇宙神、光そのもの、
それが一つに連なって、今までの過去が(過去から)神意識、宇宙意識の自分自身へ 
人類の平和を作っていく。



自立と依存

 自立とは自分が神である、自分が自分の創造主であるという立場である。

依存は、自分は外界の被害者であると言う立場である。
「自分では自分のあるべき姿、望む姿を顕わせない」という信念のシステムが依存を生む。
根底にある感情は不安と恐怖。恐怖から生じた自己防衛と自己防衛のための怒りが正当化される。
不安と恐怖は外界からもたらされる。したがって、自分は被害者であり、憐れむべき存在であるという感情の中毒になる。自分には自分を安心させる十分な力がないから、他に頼らなければならない。頼りになる人、組織、国家、法律、偉人、聖者、武力、経済力、、、とにかく自分の選択・決断・決定以外の何かに自分を守ってもらいたい。

根本は低い自己意識である。肉体人間、つまり過去から現在に続く履歴としての自分が自分のすべてであるという自己意識がこのシステムの根底にある。

 この依存のシステムは、カルマのシステムである。人間は千差万別ではあるが、多かれ少なかれこのシステムを刷り込まれているのである。だから、基本の感情は誰でもほぼ同じなわけである。凡夫と言う意味では、誰もが五十歩百歩というところである。

 この刷り込まれたエネルギーは侮れない。自分の感情と言うものは、自分で自分のテープレコーダーを聞いているようなものと言われる通りである。システムと言うものは習慣を生むのである。その習慣から抜け出すのに、この世的なエネルギーを必要とされるのは当然である。しかし、やり方、考え方を工夫すれば省エネは可能である。そのために、五井先生、昌美先生は法を説かれているわけである。

 自立の立場もシステムである。その根底にあるのは「我即神也」という自己意識である。
この自分を赦し、自分を愛し、自分を尊敬し畏敬し、自分を褒め讃美するところからシステムは成り立っている。しかも、このシステムは既に出来上がっている。完璧に大調和せし神としての自分の姿はもう既に出来上がっている。今この瞬間、神の姿は、厳然として輝いているわけです。

 この新しいシステムを積み上げてゆく必要は毛頭ないわけです。神としての自立のシステムは出来上がっている。その出来上がった姿をダウンロードすることを心がければいい。これが果因説である。
しかし、潜在意識のテープレコーダーの吹き替えの作業は自分できちんと行うわけです。臨界点に達すると、自分の選択・決断・決定によって神の姿がこの世に顕われてくる。未来の神の自分、見事に大調和せし神としての自分の姿を自分でこの世で体験して行くわけです。これは神人の大天命であり、各人の本心の唯一の望みなわですから、必ず成就する。大成就。
 
大成就を前提に、日々テープレコーダーを吹き替えて、神の姿をダウンロードしてまいりましょう。
mixiピタゴラスさん

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日常の生活の中で、ふっと我に返ったとき(意識的になったとき)、不安によって動かされている自分を発見することがあります。
 カルマのシステム、習慣の思考の根深さに驚きます。(無限なる光!)


その習慣から抜け出すのに、
そのために、五井先生、昌美先生は法を説かれているわけである。
その出来上がった姿をダウンロードすることを心がければいい。これが果因説である

これは神人の大天命であり、各人の本心の唯一の望みなわですから、必ず成就する。大成就。

 大成就を前提に、日々テープレコーダーを吹き替えて、神の姿をダウンロードしてまいりましょう。


自立とは自分が神である、自分が自分の創造主であるという立場

呼吸法を心がけ、これからも神語を続けようと思います。
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by mppoe-light | 2011-03-13 22:06 | ピタゴラスさん啓示録から