果因律を勉強したおかげだ☆☆☆

先週の日記に載せた、五井先生の講話CDの内容から、気になるこの部分を。

神様を知って、自分が神の分け命だと知ったその日からはね、業はないんです、本当は。
それを信じなきゃいけません。
CDを購入したのは、5,6年前なんですが、 その時からこの部分が理解できませんでした。 何度も聞いても、何度も繰り返し聞き続けても、やっぱり判りませんでした。
で、
先月日記を書くために、久しぶりに聞いてみまして、、、 
すると、五井先生の伝えようとした事が以前よりずっと深く理解できるようになっていました。 
もちろん、以前には理解できなかった部分 ↑ も♪   嬉しいものです。
これも ぴー・・・じゃなくてピタゴラスさんの啓示録を繰り返し読んで、
果因律を学んだおかげだと思います。(^.^) ♪♪♪
 
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神様を知って、自分が神の分け命だと知ったその日から、業はない。
本当に信じ切った瞬間から、業はない。
信じきるとは、意識の次元が上昇し、神意識に定着すること
神意識に定着すれば、自分の世界も変わる。

四次元世界とは、三次元世界に意識次元を付加したものである。
意識とは自己意識である。
つまり、「自分が自己を何である」と認識するかの意識が次元としての意味を持つ。
  ※啓示録Ⅰ 「4次元世界・印・果因説」から

神性のシステムの世界と業生のシステムの世界は接続関係がない、時間軸上でも繋がらない。
わずかに自己意識軸という三次元世界では判らない次元軸の上昇によって繋がってゆくだけである。
  ※啓示録Ⅳ 「二つのシステムを繋ぐもの」から


接続関係はないので、自分の意識が4次元へ上昇、定着すれば、その時から業はない。

三次元世界と四次元世界の交差するところは何か?自己意識としての『私』である。『私』がどちらを向いているのか。『私』がどちらの姿を自分として認識しているのか。『私』がどちらの姿を自分として同一化しているのか。そこが問題なのである。そこが、光明思想家である西園寺会長と一般的人との違いである。
 ※「無限なる時間と消えてゆく時間」 から

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先月1月号の昌美先生の法話から

特に崇高な神人は、意識的にすべての欲望から自らを解き放ち、執着を捨て、限りなく神意識の聖域にとどまり、

“神意識の聖域にとどまる”  のところ。
自己意識は 形ある現象に反応しては下がり、自分の神性を宣言することでまた上昇し・・・と、日々上下を繰り返していますが、
この昌美先生の書かれた、何気ない部分からも、真理の鍵が自己意識であることがわかりました。

重要なのは、我々は、現象世界を改善しつつ、神性の世界に上昇するのではないと言うことである。我々は現象世界を忘れて、自己意識を上昇させ、現象世界に神性を顕現すると言うことである。至言は繰り返される、「煩悩を断ぜずして涅槃に入る」と。
業生の世界から神性の世界への上昇は、意識軸のみによって可能である。他のものは一切つながらない
  ※啓示録Ⅳ 「二つのシステムを繋ぐもの」から


次元上昇とは 自己認識を ”肉体観の凡夫の私” から ”神意識 我即神也”に 認識を変えること。
我即神也の「私」に誇りを持って宣言をしたいと、、、この頃思います。


我即神也 我即愛也 我即真理也 我即光也

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by mppoe-light | 2011-02-09 23:26 | 真理について思ったこと