生命即真理也☆

「私が語る言葉は神の言葉である」と宣言したならば、神語を用意し、神語を唱え続けるのである。
自分の言葉が自分自身と人生と世界を創造するのである。
幸いなるかな、神語を語る者。

「幸いなるかな、神語を語る者。」 から
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昌美先生の著書 「次元上昇」(だったと思うのですが)、 
言葉は本来は会話するためにあるものではなく、(本来私たちはテレパシーで会話が出来るものなので必要はないそうです)、自分自身に向け言葉を発して様々なものを創造していた 、、 のだそうです。

つまり、語る言葉は現実化するということ、 それが神が語る言葉=神語であれば・・・

神語を語ることは「現実世界の創造」である。神語を語るとき、その人は神である。その人は創造主の立場に立ち戻る。この神語の現実化する力は桁外れに大きい。
mixiピタゴラスさん 神語は神力 から

「次元上昇」を読み、言葉の本来の役目、意味を知りました。
そして今、 ピーさんが薦めている神語を毎日読んでいます。
毎日続けているのは、読んでいて、喜びが湧き、勇気が湧き、感動したりするからです。
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今、気に入っている 神語です。(*^_^*)
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  生命は偉大なる力だ。生命は完璧だ。
  生命は大調和だ。生命は永遠だ
  生命こそ人間そのものだ。神そのものである。
  生命即真理そのものである。
  真理は自分そのものだ。尊くも勿体なくも、わが生命は真理そのものだ。
  わが生命は光り輝く神そのものだ。
  わが生命こそ神そのものであり、わが生命こそ真理そのものである。
  私はわが生命を褒めたたえる。わが生命を絶賛する。
  かくも美しく、気高く、神秘に溢れているわが生命を。
  ゆえに、私が立つところはどこであれ、すべて神聖なる場なのだ。
  尊き場となるのだ。

  自分の中の神に気づいた者から救われてゆく。
  自らの心を完全に自由ならしめてゆく。
  いかなることも完璧に見事に整えられてゆく。それは当然だ。
  究極の真髄に自らが至ったからだ。無限なる幸せを手にしたからである。(注4)
  注4  1999-11 

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生命即真理そのものである。 
この言葉に感動です。
尊くも勿体なくも、私の生命は真理そのもの、私の生命は光り輝く神そのもの・・・
だからこそ 自分を大切にしなければ。
自分を称え、愛する。我即神也。
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で、ここから昨日の日記を続きで・・・

自己意識を「我即神也」に定め、その理解を深めてゆくのである。
神語を読みながら、理解を深めるとはこういう事なのか・・・と、気づいたわけです。

少し前までは、ちっとも興味のなかった神語(自分自身を褒め称えるの神語)が、 ある日なんとなく読んでみたら、書かれた言葉に感動し、その日から毎日読み始める。 
きっとそれは神性への理解が少し進み、深まったから。

理解を深めるとは 、誰かに教えらえたり、多くの本を読み込むだけで得られるものではなく、
実際に自分で やってみる、 真理を求める気持ちを行動に移してみる
それによって得られるものでした。

理解すれば、それは自分のものになります。人の言葉を借りるのではなく、自分の言葉で語れるようになる。自然とそれが当たり前になる。

なるほどなーと思うのでした。

少しずつ自分が好きになっている、 嬉しいー♪
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by mppoe-light | 2010-11-25 22:03 | 真理について思ったこと