今月号指針を読んでいて・・・etc

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毎月の指針を読んでいると・・・・、 
ぼーっと読んでると因果説に落っこちそうになります。

因果律の自分を修正して神を顕そうしてしまい、力が入ってしまいます。
ややこしいトコなんだけど・・・・、 (上手く説明できるかどうかですが・・・)

今は果因説で、今は神を顕現するためのプロセス進行中。
無意識に現象に反応して生きるのではなく、意識的に神性を降ろしていく時です。
指針は、その意識的に生きるための言葉・・・と思って読むべきなんだ・・・・と思ったわけです。

消えてゆく姿の自分を修正して、神にしていく発想は因果説。
果因説は、「私」は我即神也。 「私」は既に完成している神、
だから、
今やらなければならないことは、神の世界を創造(本来因果)していくこと。
それがそもそも私たち人類の生きる意味、目的なんだと思います。

と、
理解しつつも 現実生活では消えてゆく姿によく引っ掛かってしまう私です。。。。。
くやしい~ぃ!!!!  うううぅ・・・かなしー。。。 
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あ、これも消えてゆく姿なので、、、

「私」は既に完成している神! そこからスタートする・・・のだ!!!
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<神語>>>

 (我即神也の)『私』には自我もなければ、肉体もない、想念もない、過去もなくカルマもない。
『私』は神性そのものである。生命そのもの、真理そのもの、叡智そのものである。
祈りと印によって、『私』はカルマや自我、現象界から切り離される。
『私』はカルマから解放された喜びに満たされる。その喜びは『私』の存在そのものの喜びに溶け入る。

 『私』は自我とは全く異なる人格である。『私』は肉体人間の一切の経歴、家系とは関係ない。
『私』は宇宙神の家系に属し、光り輝きながら厳然と存在している。「人生の中であの時こうだった」「あんなことがなければ」等と考える必要もない。『私』は過去に言ったこと、言われたことによって影響されることもない。
『私』は既に、神として完成している。
今後なすべきことは、この神の姿を現象界(言葉・想念・行為)に顕わしてゆくことのみである。
 
21世紀、『私』は自分が「想像し、創造した世界を生きてゆくのである。完全なるポジティブな世界、光の世界、神の世界、自由なる世界、一切欠けたるもののない世界、輝かしい世界、至福の世界を生きてゆくのである」(注1)。

注1  白光誌 2008-9 P.18
mixiピタゴラスさん から
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『私』は既に、神として完成している。今後なすべきことは、この神の姿を現象界(言葉・想念・行為)に顕わしてゆくことのみである。
果因説ってこれに尽きる気がします。
 「すごいなぁーピーさん」・・ ←素直にそう思っている。。。やはり意識の持ち方のリハビリは欠かせません。

ところで・・・、
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因果説から果因説に入ると、始まりと終わり(完結)が、瞬間瞬間に繰り返されていて、
もともと時間などない・・・・ という気がしてきます。
(だって、すでに完成されたものを顕すだけなんだから。)
時間はあるようで、本当はないのかも~・・・。

そー思っていたら、
今月の里香先生の巻頭言、「生と死は永遠のダンス」で紹介されていたディーパック・チョプラ氏の文章が面白かったです。

“死がなければ、現在という時間もないかもしれません。なぜなら次の瞬間を生み出すためには、その前の瞬間は死ななくてはいけないからです。”

我即神也 人類即神也
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by mppoe-light | 2010-10-30 11:36 | 真理について思ったこと