未来から”新しい自分”がやってくる!

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果因説時間への切り替えについて・・・の続きです。

時間が未来から流れてくる・・・と思うと、いつも”新しい自分 ” という気持ちになって、
なんだか嬉しくなります。(●^o^●)v

新しい時間からやってくる ”新しい自分”を どの自分で迎えるか・・・
過去のカルマ世界の 「私」 として迎えカルマの人生を選ぶか、
本来の自分 我即神也 の「私」 を意識して迎え、神性の人生を選ぶか、、、

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『私』がどちらを向いているのか。
『私』がどちらの姿を自分として認識しているのか。
『私』がどちらの姿を自分として同一化しているのか。そこが問題なのである。

mixiピタゴラスさんの「無限なる時間と消えてゆく時間」 から

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できるだけ意識して 果因説 我即神也の自分を選択して生きる、
そして、
我即神也を選択することで すべてが充たされ、すべてが祝福される、平和な世界に生きることになる。

そう考えると、 
今まで何も考えず無意識のままに、カルマの世界を創造しながら生きてしまっていた
ことに気づいて驚いてしまいます。 もったいないことした~。(^_^;)


で、ここで、
「毎瞬、毎瞬、すでに神意識なのか」・・・とつっこまれると、 
c0074000_22433765.gif「ただいま絶賛リハビリ中」 の私ですが・・・


ピーさん・・・じゃなくて、mixiのピタゴラスさん超推薦の、”神語を語る” でリハビリしています。

神語集なるファイルを作り、お気に入りの神性の言葉を綴じて、
祈りや印の前に読んでいます。 
暗記した部分は、一人で居る時間に、ぶつぶつ・・・、やっています。(●^o^●)

面白いなぁ と思うのは、
お気に入りの神語、昌美先生のインフィニットワーズを読んでいて、

『私は神!!私は光り輝いている神そのもの。
 私は光そのもの、真理そのもの、愛そのもの、叡智そのもの。

 私はすべてに充たされ、すべてに愛され、
 すべてに抱擁され、すべてに祝福され、
 燦然と光輝く宇宙神と全く一つに解け合う。

    ・・・・・・(省略)・・・』

気に入ってるので今まで何度も繰り返しているのですが、
ある時に
  口からポツリと 「宇宙神と全く一つに融けあう。」 
この言葉が出たとき、

「そっかぁ・・。 やっぱり自分は宇宙神とつながっているんだ」 と 納得。

それまでは、宇宙神は自分にとって遥かに遠い存在だったのに、
いつの間にか 自分が宇宙神とつながった神の子 なんだと
そのまま納得してしまいます。

不思議なものだな~と思います。 

やはり人間は本来神の分御霊、神の子なんだ、
だから記憶が蘇ってくるんだなぁ・・・・・と思う私です。

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見過ごす・見過ごさない

 『(消えてゆく姿の自分は)黙って見過ごしてあげればよいのです。知らんふりして放っておけばよいのです。ただ祈っていればよいのです。(因縁因果が消え去れば、)我即神也の宣言文通りの自分が当然の如くそこにいるのです。存在しているのです。その自分に今までの自分は気がつかなかっただけです。見過ごしてしまっていただけのことです。』(注1)1996-1

 真理の鍵を握っているのは、いつも『自分』である。真理の核心は、いつも『自分』についての認識である。自分が変われば、自分の世界も変わる。自分の意識レベルを高める。波動を高める。これらはすべて自己認識の問題なのである。
 一般的に、人間は因縁因果の自分を見過ごすことはない。そして、神そのものの自分を見過ごしてしまっているのである。赦しとは、因縁因果の自分を消えてゆく姿と見過ごすことである。愛とは、神そのものの自分を自分として見過ごさないことである。
 
宗教者は『自分』を納得のいく自分にしようと、悪戦苦闘する。正義感の強い人ほど、苦闘は激しい。大事な事を見過ごしているのである。『自分』を変えるとは、「自分の現われ」を変えることではない。
自己についての見方を変えないで、「自分の現われ」を変えようとすれば、徒労に終わる。「自分の現われた姿」は「自分についての見方」の結果であるからだ。
重要なのは、「自分の現われ」はさておき、「自分についての見方」を変えることである。「現われの自分」を自分と認める習慣を改め、「神そのものの自分」を自分と認めるのである。

mixiピタゴラスさん

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by mppoe-light | 2010-10-20 22:48 | 真理について思ったこと