自分を信じることは・・・


自分を信じている人は強い、 自分の考えをためらいもなくストレートに現します。
思ったことを言葉に発するまでに躊躇もない。

それで思ったのが・・・・

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先日、秋の展示会がありまして、
出品したお人形が、嬉しいことに好評で、多くの皆さんに褒めて頂きました。

皆に良い評価を頂いて嬉しくもあり、安心もしたわけです。 それまでは、これでいいかなぁ・・・とちょっと複雑な気持ちがあったのだけど、 周りの良い評価でほっとしたわけです。 

でも後になって、
こんなことでいいのかなぁ・・・・と思いました(;一_一)
自分の作品に「これだ!」と確信があれば、もっと自信をもって堂々と出品するのだけど・・・

「う~ん、、、周りの評価が伴わないと自分の作品に自信が持てないってヘンだな~ぁ 」

だいたい100%確信があれば、周りの評価、判断など気にはならないはず
自由に表現するはず。

でも、その確信したコトが正しいものではない場合はどうなるのだろうか・・・?

間違いだったと気がついた時にまた自信を失う・・・・
では、自分に自信を持つってどうすればいいのだろうか?


と、
ここまできて やっと気づきました。
また因果律の舞台の自分になってしまっている・・・。。(焦
おおぉお・・・
また やってしまった~ぁ 
消えてゆく姿の自分に自信を持てるわけがない、偽者の迷いの自分なんだから


<今月の昌美先生の法話から>

人類一人一人はもっともっと自分に自信と確信を持って生きなければならないのである。
自らが自らを知ることによって、本来の自分自身を発揮することが出来るようになるのである。


自らが自らを知る、は 「我即神也 」を知ること。
自分自身に対する誤った思い込みは、 「自分は神ではない 肉体のみの自分だ」 という人間観。

そうだったっ ・・・
自分に自信と確信を持って生きるためには、 「我即神也」を思い出さなければならない、
まずそれを信じなければならないんだった。

自分が 我即神也 であることをどれだけ信じているか、それが意識次元の高さなんだ・・・と
思う私です。

脱線しながらも、なんとか粘って軌道修正、 我即神也と宣言する。

我即神也 祈り、印 神語・・・・などを繰り返して本来の自分を思い出す、顕す。
今、果因説であることが有り難いです。 

業想念の波は高いけど・・・、 ううぅ・・・やらなければ・・・


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by mppoe-light | 2010-09-30 22:07 | 真理について思ったこと