人間は光☆

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神のみ心の中に入る 
”神の子だということがわかるまでは救われない”

光になるということが、人間の一番の根本なのですよ。
人間は光なのです。
太陽のような輝く光なのですよ。
みんな光が満ち満ちているんだけれども、残念ながら自分が光であることを知らないんです。

自分は業想念の三界の、肉体の人間だと思っている。
肉体の人間だと思っている以上は、思いこんでいる以上は、これは救われない。

どんな知恵があろうと、どんな知識があろうと、どんなに金を持っていようと、どんなに地位が高かろうと、どんないい行いをしていようと、それは救われには入れない。
いい行いだけをしていれば、いいというものじゃない。

いい行いというのは、前にもいったことがあるけれども、過去世の因縁によって、つまり過去世でさんざん悪いことをしてきて、死ぬ間際にさんざんひどい目にあって、また地獄まで落っこちて、そこでひどい目に会うから、ああ悪いことをしたからこうなったのだ

私は生まれかわったら、いいことをしなければならないんだ、もう悪いことはしない、いいことをしようと思いこんで生まれかわってきた人は、いいことばっかりをするんです。

しかしそれだからといって、神さまがわかっているわけではない。
いいことばかりして、助けたりするけれども、それだけでいいというんじゃないのです。
それだけでいいのなら、神も仏もいらないんです。
これは大事なことです。
いいことをしている、というだけではまだ足りない。

それは前世の因縁でお返しをするために、いいことをしているんだからね。
それは三界(肉体界、幽界、霊界)のこと、業想念の中のことなのです。

それだけじゃまだ足りない。
何が足りないかというと、人間の本体が神から来ているんだ、神さまの子なんだ、ということがわからない以上はだめなのです。

神の子だということがわかるまでは、本当の救われに入らない。
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五井先生の「不動の心」から



因縁因果の時代は、下から上を目指して努力していたけれど、今は果因説。 
成就を降ろす時代。なぜなら・・・
人間は本来神の子、我即神也だから。

何が足りないかというと、人間の本体が神から来ているんだ、神さまの子なんだ、ということがわからない以上はだめなのです。

神の子だということがわかるまでは、本当の救われに入らない。
光になるということが、人間の一番の根本なのですよ。


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・・・・・「自分」って何?


真理の鍵を握っているのは、いつも『自分』である。真理の核心は、いつも『自分』についての認識である。
自分が変われば、自分の世界も変わる。自分の意識レベルを高める。波動を高める。これらはすべて自己認識の問題なのである。
 一般的に、人間は因縁因果の自分を見過ごすことはない。そして、神そのものの自分を見過ごしてしまっているのである。
赦しとは、因縁因果の自分を消えてゆく姿と見過ごすことである。
愛とは、神そのものの自分を自分として見過ごさないことである。 
→「見過ごす、見過ごさない」ピタゴラスさん


人間は本来神の子、神の分御霊であって業性ではなく・・・・

「自分」「私」という自己意識がどちらを向いているのか。
「私」がどちらの姿を自分として認識しているのか。「私」がどちらの姿を自分として同一化しているのか。
 
→「無限なる時間と消えてゆく時間」



今、自分は神の子であると受け入れているか、業性の自分を本当の自分と受け入れてしまったのか・・・

宗教者は『自分』を納得のいく自分にしようと、悪戦苦闘する。正義感の強い人ほど、苦闘は激しい。
大事な事を見過ごしているのである。
『自分』を変えるとは、「自分の現われ」を変えることではない。自己についての見方を変えないで、「自分の現われ」を変えようとすれば、徒労に終わる。「自分の現われた姿」は「自分についての見方」の結果であるからだ。
重要なのは、「自分の現われ」はさておき、「自分についての見方」を変えることである。「現われの自分」を自分と認める習慣を改め、「神そのものの自分」を自分と認めるのである。
 


自分についての見方を間違えない。

我即神也 我即真理也 我即愛也 我即光也 
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by mppoe-light | 2010-08-07 22:29 | 真理について思ったこと