二つのシステムを繋ぐもの

徐々に焦らず、そのブロックを解いて行きましょう。
で、終わった前回の日記(啓示録)ですが、その後、啓示録は、神性と業生のシステムの解説が続きます。
で、いつものようにカットさせて頂きつつ・・・、
次に進みたいと思います☆

神性のシステム

『我即神也を見る者は、人類即神也を見る。
人類即神也を見る者は、我即神也を見る。』

『すべてを赦す者は、神を思い出す。
神を思い出す者は、すべてを赦す。』

『個人の心の平和なくして、世界人類の平和はない。
世界人類の平和なくして、個人の心の平和はない。』

『幸せな状況の中で、感謝する。
感謝する者は、幸せな状況に住む。』

システムは二つしかない。それは常時、選択できる。
輪廻の流れに流されてゆくか、輪廻の流れを止めて、神性を顕現してゆくか。この選択である。

この二つのシステムを巧みに活用したのが、唯摩詰の「現象世界を改善する」代わりに、
「現象世界を超えて、別世界に入ってしまう」という手法である。
それは、「煩悩を断ぜずして、涅槃に入る」という言葉に要約される。
更に、一文字で言うと『即』の手法である。
唯摩詰にならって、我々がなすべきは、祈り・印・神事の三つである。
さらに、それらを通して、次の三つを行じる。
五感で感じる客観的事実らしき世界を、『消えて行く姿』と退ける。
五感の世界とは関係ない自己の『本来の姿』を称え、宣言する。
自分の『本来の姿』を「肉体・仕事・働きを通して顕現する」(注1)よう明確に宣言する。
2008/08/19
注1 白光誌2002/1 P・25

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毎日、神事、祈り、印を続けていながらも、雑多な日常生活に埋没すると
あっさり意識が業想念に巻き込まれています。
気づいた時、心の中では
「今こそここで意識を換えなければ、消えてゆく姿にせねば・・・」と思いつつ、
業想念のパワーに圧されて、
「で・・・出来ない・・・、祈っても光の中に入れないー!」
「と・・、とにかく一度 他の事を考えよう・・・・・。それからだ。」 といった調子。
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ささいな事で、結果もそれほど重要ではない場合なら、五井先生の言われる “おまかせ”の気持ちになって、祈りに入れるのですが、 
切羽詰った場合には 気持ちは
“おまかせ”状態ではないので、祈りの中にすっぽりと入り込むことが出来ません。
(無限なる可能性!)

自分の弱点(想いのクセ)は気づいてるけれど、
なのに、いつも同じような感情・状況に巻き込まれます。
それでも 「大丈夫、また次は上手くやろう」 と思えるのは、
祈り、印、果因説があるからと思います。 
心強い。こんな安心感は他にはない♪(無限なる幸せ)
五井先生、昌美先生に感謝です。
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二つのシステムを繋ぐもの

神性のシステムの世界と業生のシステムの世界は接続関係がない、時間軸上でも繋がらない。
わずかに自己意識軸という三次元世界では判らない次元軸の上昇によって繋がってゆくだけである。

「問題がある」と言う意識では問題を解決できない。それと同様、「悟ろう、自分の欠点を克服しよう」という意識では、神性の世界には入れない。現象界の姿とは一切関係なく、神そのものたる自分をイメージしてゆく。
この努力を徹底して継続する。ここに要諦がある。

この努力は自分を愛する努力である。自己意識を神性の世界に上昇させるとは、人格(世間的な意味)、境遇を引き連れて上昇するものではない。逆に、自己意識はそう言った現象界から切り離されることになるのである。
しかし、この現象界はどうでもいい、何でもいいとはならない。
我々には、肉体・仕事・働きを通して神性を顕現する天命があるのである。
人格、境遇は後から付いて来るものである。

重要なのは、我々は、現象世界を改善しつつ、神性の世界に上昇するのではないと言うことである。
我々は現象世界を忘れて、自己意識を上昇させ、現象世界に神性を顕現すると言うことである。
至言は繰り返される、「煩悩を断ぜずして涅槃に入る」と。

業生の世界から神性の世界への上昇は、意識軸のみによって可能である。他のものは一切つながらない。むしろ、他の要素は一旦、自己意識から切り離される必要がある。

二つの世界があるように見える。
しかし、究極的には一つである。
「我即神也・人類即神也・世界人類即平和也」の世界は在る。
「本来の姿」の世界は在る。
この世界は常時、光り輝いている。
業生の世界は本来ない。
「消えてゆく姿」の世界は本来ない。

在るものは在る、無いものはない。
業生の世界はいささかも、「本来の姿」に影響を与えない。
ここに安心立命の基盤がある。
この安心感は神から神の子に注がれる愛そのものである。
安心感のあるところ、罪悪感と不安・恐怖は消え始める。
安心感のないところ、罪悪感と不安・恐怖は消えない。
そこに攻撃と報復、落胆の想念が生じる。
あなたが忘れた安心感、それを思い出させるために、
守護の神霊の愛があなたに注がれている。
2008/08/23

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ピタゴラスさん啓示録から


ここは好きな部分だったみたいです。 なぜなら、
4巻は、ここと他一箇所に付箋が貼ってあったから。
送ってもらった時に貼り付けたものです。
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by mppoe-light | 2010-02-03 23:10 | ピタゴラスさん啓示録から