だからこそ光明思想徹底行

朝、神事を行なってから出掛けても、些細な出来事で
自己定義「我即神也」はあっというまに吹っ飛んで意識は下がってしまう・・・。
かなしー(T T)
かなしーけど、これも消えてゆく姿で、本来の自分は光輝いているんだと
ド根性で思い直す。
へこむより、思い直した自分を褒めてあげることにしよう。 
「よくやった!あんたはエライ!」

失敗しても、「我即神也」へ意識の修正をしようとする自分を褒めてあげようー。 
「私は本来、我即神也 、私は素晴らしい、!」
毎日が抜き打ちテスト?みたいなもんですね。
自分の(神意識の)実力アップに繋がると思えば、
何があっても、「いらっしゃい いらっしゃい」って感じで全てがOKになる。

素直に、シンプルに、そして明るくやっていきたいものです。


啓示録から
神の無限性
ここは、バッサリ省略して・・・)

定義が何故重要なのか? 自己定義がその人のすべてを決定するからである。
神は無限なる愛、英知、歓喜、幸せ、感謝、生命、健康、光、エネルギー、パワー、成功、供給である。
自分はその神であり、人類も同様に神である。

この定義はその通りの平和そのものの世界を創りあげる。これが宇宙の法則である。
観測者は量子の姿に、観測者が期待する姿を見る。人間関係もしかり。
人は他人の中に期待した姿をみる(ピグマリオン効果)。

自分の世界はすべて「自分が自分をどう定義したか」の結果である。
だからこそ、光明思想徹底行は重要である。
この行は神・自分・人類の定義を自分の意識に再徹底する行である。

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光明思想をよくかみしめてみよう。
神は無限なる赦しであり、私も無限に赦され、私は自分と人類を無限に赦している。
神は無限なる歓喜であり、私も人類も喜びに満たされている。
神は私・人類の想念行為によって不機嫌になることはない。
私・人類の処罰、生贄によって神は満足感を取り戻し、機嫌を直すことはありえない。
神は無限なる愛であり、私・人類と一つである。私・人類の悪行、失敗によって神は離れることはない。
神は我々を蔑むことはない。神は無限なる豊かさであり、私も人類も無限なる豊かさに恵まれている。

私も人類も自分を正しく評価できれば、因縁因果の世界で体験したことの無い豊かさを体験することができる。
世の富裕層は因縁因果の善徳によって豊かだが、神人たちは神の性質によって豊かさの中に生きることが出来る。
それがどのように、如何にしてと言うことは法則の中にある。
それが説明できないことでも、神人には調和・健康・豊かさなどすべての神性を顕わす大天命がある。
人類が未だかつてやってのけたことがないかもしれない。
しかし、神人には大天命がある。その大天命は間違いなく成就するのである。

神は無限なる神性のすべてであり、「無限なる私」である。「無限なる私」以外に「私」と言う意識は無い。
あなたの「私」も「無限なる私」以外のものになることはできない。
「無限なる私」が役割(大天命)を持って様々に顕われた「私」があるだけだ。
神の私、意識、生命、イメージは無限であり、無限なるものは一つである。

2008/05/27

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by mppoe-light | 2009-12-13 10:42 | ピタゴラスさん啓示録から