神性顕現の原理

先月だったでしょうか 少しだけハートのチャクラが開いたようで、
自分と人類が愛しい気持ちが広がりました。 ま、あっという間に閉じて元にもどるんだけど(笑)

嫌いな人がとても愛しくなる感覚、これって本心の心だな、、と思います。
「人を嫌うより、愛するほうがずっと簡単」 という気持ちが湧いてきます。
本心さんは、相手の “消えてゆく姿” などは まったく問題にしてなくて、
ただただ相手の生命を愛しておられるんだな・・・と思いました。
本心はいつも相手の“存在”を喜んで、祝福している。 

あなたの存在が、嬉しい!あなたの生命を祝福します。 おめでとう!

維摩詰の悟り

『煩悩を断ぜずして涅槃に入る、これを宴座となす』

煩悩などというものは、断ずるも断ぜないもない。はじめから実際にあるものではない。
人間が真実、実際に自己としてあるのは、本心、み仏の心があるだけなのだ。
そういうところがわからぬ統一では、分別心の統一であって、真実のものではない。

と維摩詰はいうわけです。全く恐れ入った大悟徹底ぶりです。

五井先生は三十年以上も前に、この聖句を解説された。その解釈は今日も新鮮である。
だが、さらに二十一世紀的な意義を探ってみよう。

この聖句は「我即神也」「人類即神也」とどう関連しているのか。
先ず、この聖句は「業想念を浄めずして、神性を顕現する」と言い換えることができる。

「我即神也」の聖句的意味は次のようになる。
「私は、因縁因果とは関係なく直霊の世界に直入し、自由自在に神性を取り出し、善なるもののみを引き付け、光明の世界をこの肉体に顕現する。」

「人類即神也」の聖句的意味は次のようになる。
「私は、自らの因縁因果はさておき、直霊をこの肉体に招き入れ、肉体を発信用アンテナとして使い、人類が真理に目覚めるよう促す光明波動を放射する。」

業を浄めるのは三次元の行為である。
三次元内のエネルギーの保存則は事実ではあるが、宗教的に深い真理ではない。
と維摩詰は言う。

エネルギー保存の法則に捉われている限り、四次元世界に入れない。
四次元世界に入るには、「我即神也」の自己意識を高めるしかない。
浄め、徳を積む行為は重要ではあるものの、三次元世界の行為である。

したがって、それでは四次元の世界に入れない。一歩一歩歩む行為は重要ではあるが、四次元世界に入るには更に一歩進んだ、印・果因説つまり自己意識を上昇させると言う四次元軸が必要になる。

四次元軸を上昇するには、「我即神也」と「人類即神也」の二つが必要である。
「我即神也」なくして「人類即神也」には入れない。「人類即神也」なくして「我即神也」は完成しない。

自分一人では3.9 …次元まで行っても四次元には届かない。
我即神也を極めるには、自分のことはさておき、人類を真理に目覚めさせる使命を完うしなければ
ならない。
十万人の神人を作り、共磁場を創らなければならない。勿論、十万人で使命は完了するのではなく、使命はすべての人が救われるまで続く。
これはまさに、法蔵菩薩の神話(仏典)のテーマである。

法蔵菩薩は自分の悟りはさておき、すべての人が救われるまで光明波動を送り
続けると決意した時、阿弥陀如来となったのである。
この神話はある個人の体験ではなく、人類全体の過去の成功体験なのである。

我々はこの成功体験を思い出し、現在に活用する事ができるのである。
それは呼吸法の人類即神也の印を組む事である。この印を組もうとする時、あなたは法蔵菩薩であって、印を組んでいる時はアミダ如来なのである。阿弥陀如来たる本心が肉体を使って印を組んでいるのである。

凡夫―菩薩―如来の三段階は三次元世界の階段状の変化ではない。
この三段階は四次元軸上の変化である。テレビの放送局の変化のようなものである。

テレビと言う受信機は三次元の肉体である。放送局の変化は波動=周波数の変化のことであり、自己意識という波動=周波数の変化である。
自己意識の周波数を変化させるチャンネルは「私は、、、Iam,,,」である。

自分が自分をどう定義するのか。これが四次元軸上の上昇のチャンネルである。
その実施方法が、宣言文・印・呼吸法である。

会員はたとえ5分の間であっても、凡夫―菩薩(神人)-如来(神)を行き来する。
四次元とはそいうものだ。
会員は、印の経験を積み、やがて四次元軸上で「我即神也」を固定させ、更にもっともっと高めることによっ
て、肉体に神を顕現していく。これがやがて会員が体験するであろう
神性顕現の原理である
(以下省略)
<ピタゴラスさんの啓示録1から>

続きは来週に☆
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by mppoe-light | 2009-10-21 22:10 | ピタゴラスさん啓示録から