果因説のいわれ☆

果因説の謂われ(いわれ)

そもそも、何故「果因説」と言われるのか。西園寺昌美会長によると、
結果はすでに心の中に存在している「無限なる愛、健康、繁栄、幸福、、、、」である。
こういった無限なるものに心を合わせていけば、自然に原因はそれについてまわってくる。

『自分の意識を自分の目指す最終目標(我即神也)に合わせるのである。
要するに、意識を目指す結果に集中させて行けばよいのである。』(注1)

会長にとって無限なる神性は結果であり、その神性に意識を集中
させることによって、それを顕現してゆくが故に「果因説」と説かれる。

会長は因果説とは異なる生き方を強調するために果因説と命名された。
伝統的な解釈では、神を「第一原因」とも呼んでいるので、イメージする神性を原因(因縁因果の原因とは異なる)として、現象界に顕われた姿を結果と呼んでも同じことである。

果因説とは空即実相・本来因果・縦取りの生き方(注2)・実相顕現(注3)のことである。
会員の神性意識の土壌が出来るまで、五井先生は果因説を封印なさっていたのである。
地に足の着かない観念論、偽善、実相を説きながら想念の法則で人を裁く矛盾をご覧になった五井先生は、あえて封印されたかのようであった。

注1 白光誌2003/6
注2 空即実相・本来因果・縦取り、いずれも「神と人間」
注3 白光誌2001/9

<ミクシィ、マイミクのピタゴラスさんの啓示録2から>


この日記に、頻繁に使ってる 果因説 という言葉があります。
本来なら因果説が普通なのですが、 今 私ども
世界平和&印、呼吸法を実践しているメンバーは
果因説という生き方を行なっています。

「果因説」・・・始めは意味を深く考えていなかった私ですが、
ピタゴラスさんの啓示録を読み とても深い意味があることに気づきました。
さらに今は、因果説から果因説に移行するのは当然のことで、
次元上昇には必要なものだ・・・と思っています。

先日、この日記でも書きましたが・・・
 導師Kさんとの会話をしたことで、また啓示録を読み直しています。
最初に送って頂いて読んだ時には 深く考えないままサラリと読んでいた部分が
今は 頬をパシッと平手打ちするようなインパクトで 目に飛び込んできます。

同様に、五井先生の 「神と人間」も
「人間と真実の生き方」も 今は新しい段階で心に入ってきます。

人間の理解の仕方には段階があって、面白いものだなぁ・・・と思います。 
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by mppoe-light | 2009-10-18 19:38 | ピタゴラスさん啓示録から